玖月金賞受賞作品2008
無神経衰弱
その日典子は退屈をもてあましていた。
「あー。ほんと退屈。そだ」
典子は寝転がっていたベッドから跳ね起きると、大股で妹の部屋に乗り込んだ。
「ねぇ、律子、暇なんだけど」
「きゃっ、ちょっと、おねぇちゃんっ!」
ノックもなしに開かれたドアの先には、盛り上がった掛け布団から覗く律子の顔と、見慣れた男の後頭部。
鍵をかけ忘れたことを激しく後悔しながら律子は男の頭を布団に突っ込んだ。
「ノックくらいしてってば!」
「いいじゃん。どうせ由宇なんでしょ? それ」
「そ、そうだけどッ」
「いいよねぇ? 別に覗いてるわけじゃないし。ね? 由宇。・・・由宇でしょ?」
由宇、と呼ばれた男は布団の中からおずおずと手を上げる。
「終わるまで待ってるからさ、そのあと散歩にでも行こうよ。ね?」
「・・・・・・ッ」
この姉の言動に、言いたいことがたくさんあるものの、いろんな感情が入り乱れているせいかうまく言葉が紡げず、律子は呻った。
ひらひらと手を振り典子が出て行くと、布団の中から顔を出した由宇が悲しそうな顔をしていた。
「・・・・・・由宇」
「りぃ」
そのまま見つめあい、お互いの気持ちを昂らせるためキスをする。そうして素肌を確かめあえば、さっきのことなど忘れられる。そう、情事を無遠慮にかき回されたことなど・・・・・・。けれど。
「あ。やっぱりさ、散歩ついでに花見に行こうよ」
「〜〜〜〜〜〜〜っ! のんちゃんっ邪魔しないでくださいってば!」
「なによう、怒んなくってもいいじゃん。由宇のヘタっぴ」
「俺はヘタじゃないよっ! な、りぃ!」
「うぇっ?」
急に振られて律子はびっくりしてしまう。
「律子も答えに困ってるみたいだよー。ヘタっぴ」
「ヘタっぴ言うなっ!」
「ま、いいや。済んだら言って。それともまたあたし来た方がいい?」
「部屋でおとなしく待っててくださいっ!」
「はーい」
由宇は典子が出て行くのを確認すると、すかざす律子の部屋の鍵を閉めた。
「ふぅ」
素っ裸で仁王立ちする由宇の背中を、律子は申し訳なさそうに見つめた。
「りぃ、今度は鍵確認してからな」
「うん。てか、あんな姉でごめん」
そもそも、この三人は昔なじみの関係だ。姉妹の父が短期間の転勤になって、母は近年体調の優れない祖父のため実家に帰っている。なので現状、今は一戸建てに姉妹二人だけの生活というわけだ。ともなれば一昨年ようやく律子の彼氏というポジションをゲットした由宇は、両親不在のこのチャンスを逃せない。
それから二時間が過ぎ、典子の部屋を訪れた二人は爆酔している典子を叩き起こして家を出た。本当ならばそのまま放っておいてもいいのだけれど、典子の幸せそうな寝顔を見ていたら無性に腹が立ってきたのだ。
コンビニでジュースとお菓子を大量に買い込み、さっさか先を歩く典子の背を見ながら、由宇はこれまでのことを思い出していた。
初めて姉妹にあった日のこと、(律子と)仲良くなっていった日々、(律子を)可愛いと思ったこと、恋人になったときのこと・・・・・・。思い返すと、腹が立ってきた。そう、初めて姉妹に会ったのは由宇が引っ越してきたときのことだった。あの時大切な帽子をなくしたことで落ち込んでいた由宇に、律子は紙粘土で帽子を作って渡してくれたが、典子は「そんなん被れないじゃん」といって律子を泣かせた。律子があんまりにも大泣きするから、由宇は帽子をなくした自分が悪かったんだとまで思ったのだ。
それをきっかけに律子を守ろうと傍にいて、そのせいで典子の奔放さ(というより無神経さ)に苛々した。しかし典子は愛する律子の姉であり、それゆえ強く出れらない。
「ごめんね、由宇」
「え? あー、りぃが謝ることないよ」
そう、あの奔放さが典子のいいところだと思うことにする。
世の中には少々のことで傷ついて自殺しちゃうようなひともいるんだから。
そして由宇はこの先もこの無神経な姉に振り回されつつ送っていく人生なんだと、したくもない覚悟を決めたのだった。
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