straysheep
第四章「フラッシュバック・デイズ」
「でも、音羽君すごい回復力よね」
病院に見舞いに来たマドカがホッとした顔で息をついた。
「あはは。一刻も早くカイリさんの顔が見たかったんです。そのためなら三途の川からだって帰ってきますよー」
あの事件から一週間、テッタは目を覚まさなかった。病院について二日間は、浅い眠りの合間に話も出来たけれど、事件後の【車両炎上】記事を見た翌日か
ら、テッタは深い眠りに落ちて目を覚まさなくなった。それどころか、回復に向かったはずの容態は一気に危ういものになり、ICUへの移動が余儀なくされ
た。
それから一ヶ月、面会謝絶の状態が続いた。
私は不安による食欲不振と心身ともに憔悴が体を蝕んだ。どんなに叫んでも声が出ない。
テッタ。テッタ。テッタ・・・・・・。
離れていた時間、ずっとテッタを待っている時間、待っているしか出来なかった時間。その時間は、テッタへの想いが確実であることを証明した。
今目の前には、アハハと笑うテッタがいる。
変わらない笑顔で、そこに居る。それだけでこんなに幸せになれるなんて。
「ほんっと、君の生命力はすごいもんだよな。でも、俺もさすがに心配したぜ?」
「すいません、最終的な対決は先輩に任せるって約束だったのに・・・」
「イレギュラーだ。しかたねぇよ。連絡くれたのが救いだな。・・・でも、ホント生きててくれてよかったよ。一般人死なせたらマジで大変なことになっちまうからなぁ」
病室にはマドカと一緒に来た渡辺先輩の姿もあった。
「そう簡単に死にませんよ。俺にはカイリさんを守るって言う大事な想いがあるんですから!」
「ヒュー、言ってくれるねぇ」
「結婚式には招待しますよ」
「ば、なにいってんのよ、テッタ」
ベッドの上でニコニコ笑って見せるテッタの笑顔のせいで顔が熱くなるのがわかる。もう、何言っちゃってんのよ。ばか。
「私、お花の水変えてくる」
「ああ、アタシも付き合うよ」
マドカがそういってもう一つの花瓶を手に、後に続いてきた。長い廊下を歩く中、マドカが優しい目でいった。
「ねぇ、カイリ。音羽君、目を覚ましてよかったね」
「う、うん」
「なあに? その歯切れの悪い返事は」
マドカはそういって口を膨らませるけど、私の心境は少し複雑だった。
拭おうにも拭えなかった昔の記憶。―――その断片。
私の過去に伊達が絡んでいて、テッタが絡んでいて、そしてアキナが絡んでいた。ううん、それだけじゃない。元を糺せばテッタがこんな目にあったのだって、私の記憶がなくなっていたせいなんだから・・・。
私のせいで傷ついた伊達。私が傷つけたせいで悲しい最後を選んだアキナ。思い出すことで苦しめたテッタ。
「私、テッタが大切なの」
「カイリ?」
「こうなってみてはじめて判った。誰よりも傍にいて守ってくれてたのはテッタなんだって。私、テッタが大切」
ふと泳がせた窓の外で風がそよいでいる。緩やかに木々を揺らし、太陽の光を緑に落とす様はとても綺麗で、素直で、そして何より自然だった。
「私のせいで・・・、私が伊達さんを忘れていたから、こんなことになったんだよね。私のせいでアキナは死んだんだよね」
「カイリ! 馬鹿なこと言ってんじゃないよ。アンタのせいじゃない。アンタのせいじゃないよ」
「でも・・・。私が全部覚えていたらアキナは苦しまなかったよね?!」
私の記憶がなくならないで、伊達さんとの交流を続けていたら、きっとアキナは伊達さんと知り合うこともなくて、子供を堕ろすこともなくて、テッタが傷つくこともなかったはず。全部私のせいだよ。
「どうして私なにも覚えてないの・・・・・・?」
「・・・・・・・・・カイリ・・・・・・」
マドカの手が不意に私の頭を撫でた。
「ごめんね。カイリ。アンタに辛い思いさせて」
そういってマドカは制服の内ポケットからあのときの手紙を取り出した。
「アキナがアタシに残した手紙。見せてなかったよね」
「え・・・?」
そういえば自分に宛てられた手紙に夢中になりすぎて、マドカにあてられた手紙は見た事がなかった。
何度も読み返されたその手紙は端の部分が磨り減って少しだけ切れていた。
「渡そうって、何度も思ったんだけど、音羽君に止められてて。アキナの手紙の二枚目がこれ」
「テッタに・・・?」
マドカがそっと頷くのを見て、それからゆっくりと手紙を開く。
テッタが止めていたって、どういうこと?
薄いピンクの便箋には、柔らかくて優しいアキナの文字が並んでいた。
マドカへ。
こんな道を選んだこと、許してくれないよね。
だけど、私にはこれが最善だと思うから、後悔はしない。
マドカには本当に感謝しています。
ダイスキ。
だからね、最後に一つだけ甘えさせて。
これは偶然知ったことなんだけど、カイリのこと。
カイリは記憶をなくしているかもしれないの。とても大切な人との約束。
もしかしたらそれを取り戻す助けになるかもしれないから、一度学都を出てすぐのこの場所へ行ってみてほしいの。
とても不確定なことだから、カイリにはいえないけど、何かの偶然にでも連れて行ってくれると嬉しい。
出来たらマドカも秘密にしておいて。カイリが自分で知るときまで。
私は、マドカに出会えたことが奇跡だと思ってる。
マドカと、カイリ。二人のことは裏切りたくない。
マドカ、カイリ。
愛してる。
「・・・・・・これ・・・・・・」
私の記憶が欠落していること、マドカは知ってたの?
「ごめんね、カイリ。ずっと言えなくて。だけど、もっと早く言ってたらいっしょに悩めたんだよね。本当にごめん」
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