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with earth

輪廻

「すばる、お姉ちゃんね、本当はこの星の人じゃないの」
 小さいころの記憶。
「・・・?お姉ちゃん、なあに?それ」
「おねぇちゃんはね、すばるのお姉ちゃんじゃないのよ」
「え・・・?お姉ちゃんじゃ、ない・・・?」
「そう」
怖い夢を見てその後眠れなくなったみたいだった。不安が波のように押し寄せてくる。
「ち、ちがうもんっ!お姉ちゃんはすばるのお姉ちゃんだもんっ!」
「・・・すばる・・・・・・」
「おねぇちゃんだもんっ!!」
「・・・そうだね、ごめんね、すばる・・・」
私は、大好きだった姉にそう言われて以来、姉がいつかどこかへ消えてしまうのではないかと・・・・・・不安で、仕方なかった・・・。
  夕方、すばるの部屋。一人音楽を聴いているところに、1Fからの内線がかかる。
「はい?なあに・・・・・・うん。わかった」
   姉からの電話。そういわれて外線に繋ぐ。
「もしもしおねぇちゃん?・・・うん。・・・うん?なに?よく聞こえな・・・・・・」
   受話器の向こうはノイズがひどく、聖砂の声も聞き取れない。受話器に耳を当て、その先の声を探す。
「なに言ってるかよくわかんな・・・」
澄ました耳に、勢い余った聖砂の怒鳴り声。
「今すぐ永智の家に来て~~~~~~~っ!」
「うわぁっ!」
「あのね、私の部屋の机の上にある封筒をね、持ってきてほしいのよ。永智の家に」
「あ、うん。わかった」
   キーンとした耳が痛い。
「ごめんねぇ。あ、出来るだけかわいい服で着てね♪」
「え?なんで?」
「いいから、頼んだわよ」
   そういうと聖砂からの電話は一方的に切れた。
「・・・切れた」
 すばるはツーツーツーと鳴り続ける受話器をじっと見て呟くと、受話器をベッドに放り投げる。
「なんなんだろう。かわいい服でって。別に今日はおにーちゃんの誕生日でもないし、お姉ちゃんのはもう過ぎたし・・・。うーん。まいっか、このままでも。着替えるの面倒だしね」
   すばるは音楽を止め、聖砂の部屋に入る。
「おじゃましまーす。封筒封筒・・・っと、これか」
  机の上に無造作に置かれた二通の封筒。
「あれ、二つある。どっちだろう・・・。うー・・・ん、封がしてあってどっちかわかんないや。・・・両方持っていけばいいのかな。おじゃましましたー」
   二通の封筒をバッグに入れてすばるは部屋を後にした。階段を下りて一階にいる母に声をかける。
「おかあさん、わたしおにーちゃんちにいってくるねー」
   聖砂にとっての幼馴染である永智は、すばるにとっては兄のような存在で、いつの間にかおにーちゃんと呼ぶのが定着していた。








  薄暗い部屋の中、蝋燭の火を囲うように一つのテーブルを囲んで、数人の男女が話し合う。
「本当に彼女に俺たちのことが?」
   真っ青な髪の男が言う。
「さあ、せやけど女王は彼女こそが鍵やゆうとりましたな」
  着物を着たメガネの男。
「カギねぇ」
「ええやんか、もしわからんでもうちらは今回もおんなじように過ごせばエエだけのことやろ」
  頬杖をつく大きな目の少女に、ホットパンツで活発そうな印象の強い女の子。
「そうだな」
「いいや、俺たちは今度こそ・・・!」
「だと、いいんですけどねぇ・・・」
 銀色の長い髪を後ろで結った男と、ピンクのツインテールを揺らす女。
 まるで蝋燭の揺らめきにあわせるように静かな振動がその場に流れた。










  永智の家。チャイムを押して、中からもれるにぎやかな話し声に首をかしげるすばる。
「パーティかなんか、なのかな?」
  暫くして階段を下りる音が微かにきこえる。ガチャ、と玄関のドアが開き、永智が顔を出す。
「ああ、すばるちゃん、わざわざありがとね」
「ううん。じゃあ、これ・・・」
「あー、これはすばるちゃんがもってないと意味がないんだ。それよりどうぞ、なかにはいって」
「?」
「聖砂ー、すばるちゃんきたぞー」
 永智は家の中へ呼びかけると、先導して階段を上る。
「おじゃまします」
  すばるもそれに続き、永智の部屋へ入る。
「う・・・わぁ。ねぇ、今日は何の集まりなの? 」
「・・・なんで?」
「だって、こんなに人がたくさん」
 永智の部屋の中にはたくさんの人の姿があった。
「すばるちゃん、みえるの?」
「みえるって?なにいい年して、かくれんぼ?」
「いやいや、そういう意味じゃ・・・」
「・・・?」
  永智がなにを言いたいのかがわからない。だって目の前にはキレイな格好した・・・というかちょっと仮装に近い感じの装いをした人たちが何人もいてこっちをみている。
「ね!だからすばるはあたしたちと同じなのよ!」
  聖砂が駆け寄り抱きついてくる。
「わっ、ちょっと、おねぇちゃん」
「本当だな。こいつらのこと、ちゃんと見えるんだ」
  永智が感慨深げにうんうん頷く。
  すると、金緑色の頭をした女の子が頬を膨らませて永智を睨んだ。
「うっわー、永智のくせにウチのことコイツラ言いよった!」
「まったくひどいですわね。何様のつもりです?」
  ショッキングピンクのツインテール(しかも縦ロール)が腕を組んでツンとする。そしてそうかと思いきや、今度は真っ青なショートの男の子が着物をきたメガネの男を必死に押さえていた。
「六月っ、おちついてっ!」
「うるさいわ、放さんかいッ!!」
  え、と・・・。なんですか、コスプレさんたちですか?おねぇちゃんこういう知り合い居たんだ・・・。
  なんて軽くショックを受けていると、すばるのすぐ脇でなにやら雅な感じの大人声がした。
「さて、驚かせてしまったね。大丈夫?」
「は、はあ・・・」
「あーあ、みんな子供だなぁ。楓子だっていいたいことあっても我慢してるんだからねぇ?」
  気が付くと、真っ黒な髪の少女が永智のベッドの上で寝転んで本を読んでいた。
「みんな個性的、ですね」
  顔が引きつっていると思う。今の私。
「そうなのよね。個性的、なの」
「お姉ちゃん」
  聖砂は困った顔をした後で、真剣な顔になった。
「すばる、大事な話があるの」
「なに?」
「今ここにいる人たち、私と永智以外は普通の人には見えないし声も聞こえないの」
「は?だって私見えるし、聞こえるよ?」
「うん、だからね、すばるもあたしたちと同じなのよ」
「・・・うん?意味がわかんない」
  背中が急に冷たくなった。
「つまりね、あたしもすばるも永智も・・・」
  『本当のお姉ちゃんじゃないの』
  やだ、何で今こんなこと思い出すの?
「地球の人じゃないのよ」
「・・・え?」
  背筋が凍るって初めて体験した。
「お芝居、だよね?」
「どうしてそう思うの?」
「だって、普通じゃ考えられないよ。地球人じゃない?じゃエイリアンってこと?私が?」
「エイリアンじゃないさ、あんなどろどろしてない」
  ただ・・・。
  永智が続けた。
「これをみたらきっとすばるちゃんも信じると思うよ」
  そういって永智は自分の額にかかる髪を救い上げた。そこには。
「ひっ!」
  思わず口に手を当てて目を剥く。だってそこには、ぱっくりと開いたもう一つの目が付いていたのだから。
  一体いつから?
「だって、今まで気づかなかった」
「こんなものがあるなんて、普通の人が知ったら驚くだろう?今のすばるちゃんみたいに。だけどそうならないのはなぜだと思う?」
  他の人に見えないから。
「ね、判ってもらえた?」
  永智が掻き揚げた髪を下ろす。
「おにーちゃん、いつから・・・?」
「聖砂と一緒にある人に会ってから」
  ある人?
「まあ、それはこれから会わせてあげるよ」
  事情を飲み込むのはそう簡単なことじゃなかった。だって今までそんなところに目があるなんて思ってもみなかったし、こんな状況をすんなり理解するなんてできっこない。だけど、もしそうなら・・・。
  固まったすばるを見て、ベッドの上の少女は体を起こした。
「じゃ、そういうことで。ここらへんで自己紹介とかしましょう♪」
「さんせーい☆ほんじゃ、まずはウチからな」
  ホットパンツの元気そうな女の人が大阪っぽい口調で先陣を切った。
「ウチはさつき。生まれは輝くシルバースター、シリウスや」
  続いて目に痛いショッキングピンクのツインテール。
「わたくしはエイゼと申します。生まれは水の星と書くそうですわね。水星です」
「は、はあ」
「たぶんこの中でもっとも繊細な・・・」
「冷徹なオンナ」
「・・・さつきさん?なにかおっしゃって?」
「べぇっつにー」
  さっき本を読んでいた少女は、すたたたと青い髪の男の子の元へ走っていき、さっと腕を組む。
「私は楓子。ヒアデス星団の生まれよ。星影の婚約者です。よろしくね」
「よ、よろしく」
  青い髪の男の子は『星影』というらしい。えーっと、さつきさんにエイゼさんに、楓子さんに、星影さん・・・。で、あとは?
  次に前に進み出たのは和柄の似合うメガネだった。
「お初にお目にかかります。わてはベガ生まれの六月、言います。聖砂に会(お)うたのが六月やったからそない呼ばれとります」
「ウチは三月やったからさつきやて」
  ・・・。お姉ちゃんもっといい名前で呼んであげなよ。などど心で突っ込めるほどすばるは回復していた。
「そして、私のだーりんが、ハイ」
「はじめまして、星影といいます」
  穏やかな笑顔を浮かべる星影は好青年、といった感じだ。
「生まれはプレアーデス星団です。よろしく」
「はい、よろしくおねがいします」
「はいそこ!星影に見惚れないで!楓子のなんだからね」
「す、すいません」
  楓子の見た目は中学生くらいだけど、きっと自分よりは年上なんだろうと、すばるは思った。
「さて、私で最後かな?」
  振り返るとあの雅な声の男の人がにこりと笑いかけてきた。
  銀色の髪をそのまま真っ直ぐ下ろした長髪の美男子。星影のような好青年ではなく、夜の匂いのする大人な雰囲気があった。
「私は月影。星影と同じプレアーデスの生まれだよ。だから兄弟って言われてる。よろしくね」
「は、はい」
  ワケもなく緊張する。
  いや、わけはあるのだ。こんな美形を今までみたことなかったから。
「傷つくなぁ。すばるちゃん、コイツにそんなに見惚れちゃう?」
「おにーちゃんッ!私見惚れてなんか・・・!」
「しょうがないから、俺は聖砂で我慢するか」
「ん?なにか聞き捨てならない言葉が聞こえたけど?」
「ぅわ、ご、ごめンなさ・・・」
  永智と聖砂、いつもの二人のじゃれあいが始まるころには、すばるの思考回路も通常通りの働きをするようになっていた。
  でも。
「二人はどこの星の人なの?」
  信じがたい永智の瞳を見た以上、今話されていることが現実なんだと受け止めるほかなかった。大好きなこの二人が地球の人ではないと、認めるしかなかった。
「・・・。俺は小さいけどとてもきれいな星、レイリアの生まれ」
「私は西の方にあるクレイモールという星」
「・・・・・・私のお姉ちゃんじゃ、ないんだね」
  声にしたら胸の中が淋しくなった。
「ごめん、ね」
  その場の空気が重くなる。泣いたりしたら子供だってきっと厭きられるのに、どうしても次の言葉が出てこない。
  沈黙が辺りを包もうとしていた。それを裂くのはあっけらかんとしたさつきの声。
「まあ、エエやん。そない落ち込むこともないやろ?」
「え?」
「聖砂は17年アンタの姉やった。それは変わらんし、これからも変わることはない、やろ?」
「さつき・・・」
「さつきさん・・・」
「あ、あれ?もしかしてウチ今エエこと言うた?!」
「ありがとっさつき!」
  聖砂がさつきに抱きついて頬にキスをする。
「や、やめぇ、聖砂・・・」
「さて、そういうことでいいかしら?すばるさん」
「は、はい」
  それぞれの人が生まれた星を話してくれた。でも、それじゃあ私は?
「すばるの星はこれから会う人に占ってもらうの。それで判るはずよ」
「そう、なんだ・・・」
  自分が地球の人じゃないと宣告されるのは、不思議な感覚だった。






 世紀末。その言葉を聴いたことのない人は居ない。そんな時代。
 人々が恐れるのは恐怖の帝王の降臨。
 1990年代末の大災害を予言したのはどこの国の人だったか・・・。
すばるは、血を分けた実の姉とその友人達により自分が地球の人ではないと告げられ、さらに彼らがなぜこの星の、この時代にいて何をするのか教えられた。
その内容は、ある種オカルトじみた話だった。
「私たちはある目的があってこの時代に集められたの。まあ、もっとも生命体としてはかなり長い間生きてるわけだから、その最終目的地がこの時代ってだけなんだけどね」
 姉の聖砂がそう言った。
「目的」
「せや。よう聞くやろ?世紀末の話」
「1999恐怖の帝王・・・?」
「あー、あたし知ってるよ!リストラシマスでしょー!?」
 楓子が張り切って手を上げた。が周りの視線を一気に浴びると、きょとんとする。居た堪れなくなって星影が突っ込む。
「楓子、ノストラダムスだよ」
「え・・・?」
「いやーん、楓子ちゃんはっずかしーぃ」
 永智に指差して笑われ、一気に顔が赤くなる。
「そっ、そう言ったわよ」
 楓子の投げた枕は見事に永智にヒットする。
「ぶわっ」
「ふん」
「・・・でな、そのノストラダムスっちゅー恐怖の帝王は確かに降りてくる。この地球云う星はその帝王によって滅びる運命にあんねん」
「そして、滅びと共に私たちの司る星たちは永い眠りから目を覚ますのです」
「せやけどそれには各星々の代表となるもんが同時に、太陽に向こうて祈りを捧げなければなりまへん」
「その代表って言うのが、ここに居る私たちなのよ」
 聖砂が、そっとすばるの肩に手を置く。
 わたし・・・たち・・・。
「俺たちは地球が目覚めた時に眠りに入り、地球が眠るころに目を覚ます。それまでの間・・・、早く言えば地球が起きてる間中、命を与えられその時を待つ。そういう生命体だ」
 地球が滅びないと目を覚ませない・・・?
「どうして?」
 同じように生きればいいのに、どうして仲間ハズレみたいなことをしているの?
「すばる・・・。地球の人たちがこれまで何をしてきたか、判るでしょう?自然を壊し、戦争を起こして生命を奪い、利便性だけを優先して無駄なものばかり作り出す。何度も同じことを繰り返す・・・。昔から、変わらない」
「昔から・・・?」
「そう、昔から・・・。何回眠りについても同じことの繰り返しなのよ。微生物から進化していった地球。限りあるものと思わずに壊されていく緑。気づいたころにはもう遅い。だからまた眠りにつくの」
 悲しそうに聖砂は下を向いた。
 お姉ちゃん・・・。
「ですから、わたくしたちは地球と共には暮らしていけません。地球が目を覚ましている時はみんな硬い殻に身を包んで外部からの侵入を防いでいるのです」
「おもろいもんどす。「月面に降り立ったー!」ゆうて喜んどるお方を見るんわ」
「そうですわね、本当はその中にこそ月世界はありますのに」
 考えた事もなかった。夜に映えるあの月が殻だって言うの?
 人間が科学で解明してきた地球の中の溶岩と核。どの星もそうだと思っていたのに、違うというの?
「俺は聖砂みたいに、記憶を持たずに人間として生まれてきたけど、月影や楓子達は生命体として存在しているから普通は人間には見えないんだ」
「そう、同じ生命体同士なら話は別だけどね」
「私もいきなりカメラとやらを向けられた時はびっくりしたんだよ」
 月影が笑った。
「だって、まさか日本にこれだけのフェロモンだしまくりな銀髪ロン毛が居るとは思わなかったもの。しかも隣には真っ青な髪の星影とロリ顔の楓子でしょう?そりゃカメラも向けたくなるわよ。現像しても映ってなかったけど」
「とにかく、それで俺たちは集まる事が出来た。多分まだ他にもどこかの星の守護者たちが居るとは思うんだ。だから皆で探しているんだよ」
「・・・まえに、お姉ちゃんが私のお姉ちゃんじゃないって言ってたことがあったよね」
「うん」
「あの時からずっと不安だった。いつかお姉ちゃんがどこかへ消えてしまうんじゃないかって」
 あの時の聖砂の顔があまりにも悲しそうだったから・・・。
「わたしもね、自分の存在の意味を知った時、すばると離れ離れになるのが恐かったの。永智が隣に引っ越してきて、ノストラダムスの予言まであと十年という年になるまで一日一日が怖かった。だけど今は!」
 ぎゅ、と聖砂が抱きついた。
「すばるもどこかの星を司っていると、私たちの崇める女王は言ったの。どれだけ嬉しかったか・・・!」
「お姉ちゃん・・・」
「これから大占者シェルリア様に会いに行こう。そこできっとすばるの星がわかる」
「私の星が・・・」
 だけど、地球はどうなるの?やっぱり、滅ぶ以外に道はないの・・・?
「すばる?」
「・・・・・・。シェルリア様っていう人は占い師なのね?」
「そうよ」
「何でも、判るの?」
 そこに居た全員が目を合わせた。そして楓子が胸を張って答えた。
「勿論よ。シェルリア様は何でも知ってるわ!星の誕生も消滅も、私と星影の新婚生活も!!って、よく考えたらはずかしーーーーーぃっ!!」
 出だしこそ真剣な口調だったのに、楓子は途中からおばさんの様な子供になった。
「・・・・・・ばか」
 思わず星影が突っ込みを入れる。
「ん?ダーリン何か言った?」
「いや、別に」
「それじゃあすばる、行きましょう」
「・・・うん」
 そのシェルリアという人にあって、地球が滅ぶ以外の道を探してもらおう。私はやっぱり、家族も友達も・・・大事だから。



「わぁ・・・。なにこれ・・すごい・・・」
 聖砂と永智と手を繋ぎ、空間を繋ぐ力をもつ月影の力で道を開く。それは真っ黒な闇の中にキラキラした色とりどりの光が手滅して煌き、まるでブラックオパールみたいだった。
「そろそろ本当に信じていただけたかな?」
 隣で月影が微笑んだ。
「え・・・?」
「君は通常では信じがたい出来事の連続にもかかわらずいつも冷静に言葉を選んでいた。本当はまだ信じていなかったのではないかい?」
「・・・月影さん・・・」
「あたり、だね」
「・・・・・・はい」
 信じようとは思う。おにーちゃんのあの三つ目の瞳は作り物なんかじゃなかったし、お姉ちゃんの顔も真剣だった。
・・・でも、やっぱりどこかで夢を見ているんじゃないかって思っていた。
「ごめん、ね?」
「え?」
 月影が穏やかな目をしたまま、すばるへ手を伸ばす。
 え・・・?
 優しく頬に触れ、髪を梳く・・・・・・と、いきなりその頬をつねった。
「いっ、いたいッ!」
 月影が悪戯っぽい顔つきで笑う。
「ほら、現実だ」
未熟だと思ってからかわれたのだと判れば、腹も立つ。
 キスでもされるんじゃないかと、そしてそれを一瞬でも許しそうになった自分が恥ずかしい。
 この人って・・・。
 もの言いたげなすばるを見てまたにこっと笑う。
 絶対わざとだ。
「ん?」
「何でもありません」
 見かけによらずヒドイ人、ですね。
 すばるは頬を擦りながら心の中で呟いた。
 空間を抜け、開けた場所につく。
 何時の間にかそこは大きな部屋となり、天井には煌びやかなシャンデリア、床には闇色の絨毯が敷き詰められていた。
「ようこそ。世界を担う人」
「は、はい」
 玉座の様な場所に座るその人は、瞳を開ける事無く語りかける。
「シェルリア様、どうか私の大切な妹すばるの生地を、星を教えてください」
 聖砂が膝まづき請う。しかし。
「ま、まってくださいっ、私も聞きたいことがあります!」
「すばる?」
 生まれた場所を聞くよりも、もっと大切な事がある。
「地球は本当に滅びるしかないんですか?!」
「すばる、何言ってるの?それはさっき話して・・・」
「私は家族も友達も大事なんです。あと数年でこの星がなくなるなんて、信じたくありませんっ!私は地球を見捨てるような事したくないんです!」
「すばるちゃん・・・」
 何もかも大事。それじゃダメなの?
「これからあなたに、いえ、あなたたちに話す事は、すべて事実です。けれど決して落ち込んだりしないでくださいね」
「落ち込むって、どういうことですか?」
 シェルリアがそっと手の上の水晶球に触れる。その透明の水晶の中に青く光る見覚えのある球体が浮かんだ。
「すばるさんは間違いなく地球の方です」
「え・・・?」
 信じられない。けれど今までその水晶は各々の生まれた星を示してきた事を知っている。その事実に震え、信じたくないという瞳のまま聖砂が動かなくなった。
 永智が駆け寄りそっと肩に触れる。なにかの反動のように立ち上がる聖砂。
「うそですっ!そんな、だってすばるには永智の瞳も、さつきも星影もみんな・・・っ皆見えるんですよっ!?」
「落ち着きなさい、聖砂。これが事実です」
「うそ・・・、うそです、そんな・・・・・・」
 聖砂の声は震えていた。ゆっくりと後退さり首を横に振る。そして。
「しんじられませんっ!」
「あっ、おねえちゃんっ!!」
 聖砂は駆け出しドアを抜けて走り去っていく。慌てて追いかけようとして、永智に手を捉まれた。
「まって、俺が行く」
 聖砂の事に関しては一歩も引かないという永智の気持ちを知っているからこそ、今の聖砂を任せられるのは彼しかいないと思った。
「おにーちゃん、お願いねっ!」
 後を追って出て行く永智を見送ると、シェルリアがため息をついた。
「シェルリア様?どうされました?」
「いえ、聖砂は幾分早とちりですわよね。最後まで話を聞かずに誤解をなさる」
「どういうこと、でしょう?すばるさんの星についてまだ話されていないことがおありなのですか?」
 月影が眉をひそめ首を傾げた。
「ええ。・・・すばるさん、聖砂から渡された手紙を読みましたか?」
「え?」
 聖砂の部屋から持ってきたこの手紙の事だろうか。
 すばるはポケットから手紙を取り出した。二通あるこの手紙。
 並木道の写真がプリントされた手紙を開封してみる。
 中には聖砂の整った字。月影もそれを覗き込む。
「これ・・・」
 何かに気づきもう一通の手紙を開封する。
 そこには日本語でもなく、英語でもなく、アラビア語でもない見たこともない不思議な文字がかかれている。
 なに?全然読めない。
 訳がわからず、すばるはそっとその文字に触れる。すると、そこにあった文字の羅列は整い、よく知る日本語になった。
「邪の星の生命を奪い、漆黒の光が甦る時、我々はかの地の光に祈りを捧げよう。時を経て邪の星に真の光の生まれしとき、我らはその光に祈り、手を取り共に歩む道を照らしましょう」
 一体何の事なのかがわからない。
「あの、これは・・・」
「つまりはこういうことです。時を経て、地球という邪の星は希望の光を産みました。その光は悔い改める心を知っています。共に暮らしていける時代を導いてくれます。すばるさん、あなたがその光なのです。あなたが、地球という星の守護者なのですよ」
 そういうと、シェルリアが瞳を開いた。輝きと懐かしさの在る金緑の瞳。それはなぜか希望の色に見えた。
「それじゃあ・・・?」
 私たち、離れたりしない?
「私、お姉ちゃんを捜してきます!」
 うれしくて、いますぐにこの事を伝えたかった。
 すばるは大きなドアを開け、その先へと走っていった。
「シェルリア様」
 すばるを見送り、そのドアがしっかり閉まったことを確認してから、月影はシェルリアに向き直った。
「月影、あなたの言いたいことはわかります」
「・・・。本当に、生まれ変われるのでしょうか。あの星の人たちは争いを好みます。そんな星と、共存なんてできるのでしょうか」
「あなたは彼女の事をどう思いますか?」
「とても気に入っています。愛らしいし、面白いし、物事をしっかり見れる子だと思います。けれど、」
 地球全体としては・・・まだ・・・。
「こうは、思いませんか?『今度は、大丈夫。彼女がきっと、導いてくれる』」
・・・・・・彼女が、きっと・・・。
彼女が本当に星の導きを得られるのなら、それを信じてみても悪くないかもしれないな。
「そうですね」
「よろしくお願いしますね、月影。あの様子では永智や聖砂に任せるのは些か心配です。あなたが彼女を支えてあげてくださいね」
「シェルリア様の仰せとあらば」
 にこりと微笑むと、シェルリアは瞳を閉じた。


 いきおいで駆け出して、まったく知らない場所に出てしまった・・・。
 ここ、どこ?
 右を見ても、左を見ても緑園しかない。
「あれ、確かあのドアを抜けて変な長い廊下を右に曲がったんだけどなぁ・・・。」
「迷子かな?お嬢さん」
 振り返ると、シェルリアの居た最初の部屋に戻っていた。そこにシェルリアの姿はなく、玉座の前の闇色の絨毯に銀色の長い髪を下ろしたままの月影が立っていた。どうやらこの場所では空間がねじれているのか、思いもよらない場所に出てしまうらしい。
「あ、月影さんッ!よかった、私迷子になっちゃって・・・」
「君を一人にしてごめんね、聖砂達はもうシェルリア様から話を聞いて地球に戻ったから」
 すばるは迷子から解放され、ホッとした笑みをもらす。
 ふと肩に手を置かれて微笑みかけられれば、さっきの一連を思い出し妙に緊張してしまう。
 からかわれいるのか、ただのコミュニケーションなのか判別し難いから、その手を払い除ける事も出来ない。
「どうしたんだい?そういう顔も可愛いけれど」
 眉根に皺を寄せ口をへの字に結んだすばるをみて、月影は笑みをもらす。
「いえ・・・別になんでもないです」
「そう?それじゃあ帰ろうか」
 月影が何か呟けば、その部屋自体が歪み、形を失ってブラックオパールの闇が広がる。
「こんなにきれいな星たちと、一緒に暮らせる日が来るんですね。わたし、しっかりしなくちゃ」
 地球から見る夜空の星たちはこんなに漆黒の闇じゃない。もっと紫がかった深い色に逸話をつけられた色とりどりの星が瞬いているものだ。けれど今二人がいる世界はとても暗く、まさに「闇色」。その中に希望みたいに溢れる煌きが道を照らしているようだった。
「すてき・・・」
 すばるの呟きは青い星へと繋がっていった。




 闇を抜けると、永智の家だった。
「おかえり」
 聖砂が笑って迎えてくれる。
「さっきはごめんね、なんか、取り乱しちゃって・・・・・・」
「ううん、それよりシェルリアさまが」
「ああ、わてらもさっき二人に聞きましたわ。すばるはん、地球の守り人やったんどすな」
 六月がそっと手を出した。
「これからなかよう頼みます」
 すばるもその手を取り、答える。
「はい、よろしくお願いします」
「楓子も、よろしくね。守り人としてもだし、友達としても♪」
「はい」
 六月、楓子、星影、エイゼが次々に手を伸ばす。
「さつきさん、何時まで拗ねていらっしゃるの?先程みなさんで話し合いましたでしょう?」
 エイゼがベッドで後ろを向いて黙り込んでいたさつきに声をかける。
 さつきさん、どうしたんだろう・・・。
「うちは・・・」
 後ろを向いたまま話すさつきは、初めて会ったときみたいな元気さがない。
「あの、さつきさん・・・?」
「うちは、心配なんや。地球ってホンマ恐い星やで。うちらの星見つけられたらなんや妙な機械押し付けられて調べられて、侵略しようとするやんか。うちはシリウスの星に住む人たちがそんな恐い目ぇにあうんがイヤなんや」
「あ・・・」
 さつきが言う事は、否定できないものだった。
 見知らぬものを自分のものにしたがる人間。その為なら核兵器だって使う。
 同じ地球に住む人たちでさえ平気で殺してしまえるこの星の人を信じる事は、『守護者』としてここにいる彼らにとって大きな決断なんだ。
 ただ聖砂や永智や家族と離れずにすむと喜んだすばるには、考えの及ばないことだったのだ。
「わたし・・・・・・。ごめんなさい」
「・・・・・・」
「だったらなんだって言うんですの?わたくしたちはそれでもすばるさんを信じようと決めたのではないですか!自分の星とその使命を背負っているのはあなただけではないのですよ!」
 エイゼが鼻息を荒くして詰め寄る。
「わかってる!せやけど・・・っ、せやけど心配なんはしょうがないやろッ!」
 最初に見たときから口論をしていた二人。でも、二人とも真剣で、自分の星を守るために一生懸命なのだと判る。急に胸の中に満ちていた気持ちが不穏な動悸と入れ替わっていく。
 私はこの人たちに信用される守護者になんてなれるの?
 地球は、滅んだほうがいいの・・・?
 知らないうちに俯いていた。ぽた・・・と絨毯に染みができる。
「二人ともそこまでにするんだね。わたしのかわいいひとが悲しみで溢れてしまうよ」
「月影、さん・・・」
 相変わらずの恥ずかしいセリフだが、すばるの頭をそっと撫でる大きな手が何故かくすんだ気持ちを祓っていった。
「その大変な役目を君たちは彼女一人に押し付けるつもりかい?」
「「そんなこと・・・!」」
 さつきとエイゼ、二人の声が重なった。目を見合わせ、さつきが気まずそうにそっぽを向く。
「うちは別にすばるが嫌いなんやない。ただ恐いだけや」
「意気地がないんですのね」
「なんやと!?」
「はいはい、そこまでにして。兄さんが言いたいのは『協力しよう』ってことだろ」
 星影と楓子が二人の間に割り込んで引き放す。
「協、力?」
「何もすばるちゃん一人に一部のダメダメな人間の校正をやらせようってわけじゃないじゃない?共存するために私たちにだってやれる事があるはずよ。ダーリンの言うとおり、やれることをやりましょう」
 そういって楓子が自分の前に手を出す。それに続く星影、六月、永智、聖砂。おずおずと手を伸ばすさつきの手を取り、エイゼがそれに重ねた。ポンポンと頭と優しく叩かれ、見上げると月影も微笑みかけていた。
「まったく、子供みたいなんですのね。あなたは」
「う、うるさいなぁ」
「ふふ」
 笑いあう二人が、すばるの目を見る。
「わたくしたちはあなたの味方ですのよ。一緒に、暮らしましょう」
「今回はノストラダムスの予言が外れるようにうちも願ったるわ。よろしゅうな、すばる」
 なんだか鼻の奥がツンとした。
「すばる、泣くなや。これからはうちがあんたの面倒見たるさかい、な?」
 月影の手が乗ったままのすばるの顔を覗き込み、涙を拭おうとするが、さつきの指が触れる寸前ですばるの身体はくるりと向きを変えた。ぼふっと何かに包まれ、あとから花の様な香りが追ってくる。
 え・・・?
「すまないね、それは私の役目なのだよ」
 あ、あら?!
「ちょ、月影!!なにやってんのよッ私の妹に手ぇ出したらただじゃすまないわよっ!!」
 聖砂が怒鳴る。その声で自分が今月影に抱きしめられているのが判った。
 やだ、また・・・!そっちにとってはコミュニケーションでも私は気が気じゃないんだからねッ!
すばると聖砂が抗議的な目を向けても、その手が緩むことはない。それどころか月影は、
「髪を掻き揚げてその白いうなじに触れるのを許してくれたじゃないか」
 なんて誤解を招くような言い回しで聖砂を挑発する始末。
「な、なに言って・・・!」
 訂正しようと声を出すと、今度はその口に人差し指があてられた。またあの悪戯っぽい瞳。
「おや?どう許さないというのかな?私はシェルリア様から直々に仰せつかっているのだが」
「意味が違うでしょッ」
「意味?・・・ああそうだ。そういえばこんなものが」
そう言って懐から取り出したのは並木道の写真がプリントされた封筒。それを見て一気に聖砂の顔色が変わる。
「ちょ、それッ!?」
「誰のものか判らないし、開けてみましょうか。今ここで」
 にっこり笑う月影の顔の裏に、すばるは何かを思い出した。
 あ・・・。
「わーーーーーっ、ちょっと卑怯よッばかっ!!」
 聖砂が永智のところから飛び出してくる。
「えー、なになにぃ?!楓子もみたーい♪」
「兄さん、それなんなの?」
「これかい?今開けて読むこととしよう。えーっと、なになに?―――Dear永智。実は心の隅にずっとあって伝えたかった事が・・・」
「わーーーーっ!きゃーーーっ!!」
 すばるを抱えたまま、楽しそうに聖砂を苛める月影は、大人なのか子供なのかわからない。でも、実はシェルリアのところであの手紙を開けたとき、最後まで読んで月影は密かにこういったのだ。
 ―――聖砂と永智ははがゆいね。こういうことなら私がこの恋、成就させてあげようじゃないか。
 チャンスがあれば聖砂と永智が上手く行くように背中を押すつもりがあったのだ。それが今なのだと月影の腕の中ですばるも気づく。ただし。
「もうそろそろ放してください」
 いつまでも抱え込まれていてはこっちの心臓が破裂しかねないわ。
「おやおや、私の気持ちを汲んではくれないのかい?姫」
「姫?!」
 なにを言い出すんだ、この人わ!
「ちょっと月影返しなさいよッ!!」
 聖砂が月影を引き剥がすとその手に持ったままの手紙をとろうと必至に飛び上がる。けれど背の高い月影が突き上げた手の先は160cmの聖砂には届かない。
「月影、それ俺宛だよね?」
「ああ。そのようだね」
「あっ、永智やめてっ、あんたのじゃ・・・」
 聖砂の抵抗空しくそれは永智の手へと渡ったのだった。
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