恋する魔法使い≪見習い≫

TOP  next back


ニーナとゴローと優奈とダサオ



 あたし、ニーナ。魔法使いのパパと召喚師のママの間に生まれた魔女(見習い)です。
 いま、パパとママが定期旅行――――っていうか、パパがママを拉致ってパパの実家があるイギリスに連れてっちゃうってだけなんだけど――――に行ってるから一人でのんびり修行に勤しんでるってわけ。
 うちのパパとママは、パパ曰く
「コイツが俺様を放さなかったから、しかたなく一緒に生きる道を選んでやったんだ」
 っていってる。でもあたしは、パパがママを大好きで大好きで、だぁいすきで! 一緒になったんだってわかってるんだ。バレバレだもん。
 そんなパパとママがいない間、少しでも成長して「恋」とかいうものを理解しなくっちゃ。
……だってさ、優奈がさ、なんか「恋愛」っていうのをやってるんだって。
 最近あたしと遊んでくれなくなって淋しいって言ってるのに、優奈ってばすごく楽しそうだし、話し掛けてもどっか上の空で突然にやけたりするんだもん。
 あたしの事忘れちゃうなら「恋愛」なんてこの世界から無くなっちゃえばいいんだよ。そう思わない?

 でもそう言ったら優奈、「ニーナにはまだわかんないか。恋愛ってね、やってみなくちゃわからないことたくさんあるんだよ。恋ってステキな事なんだから」っていうの。
 これにはあたしもちょっと頭にきちゃってさ、「だったらニーナも恋してやる!」って言ったんだ。
 ……でもね、その「恋」っていうのが……わっかんないんだよねぇ……。
 だからさ、折角持ってる魔法とか魔術とか駆使して「恋してる人」のこと観察してみようと思ったわけ。
 ま、当然はじめの相手は優奈なんだけど。
「うえー? あれが優奈のあいてぇ? ダサいじゃん。なにあのメガネ、なにあの真面目一本線みたいなワイシャツネクタイパンツ、なにあの中途半端な髪型! 優奈にはぜんっぜん! 似合わない!」
 おもわず手に持ってた杓丈を振る。シャラランってすっごい大きな音がして自分でも驚いた。
「あ、やば」
 杓丈からなんか青い色のスライムみたいなヤツが飛び出してきてニーナの頭に乗っかった。
「ごろにゃん。ごろごろ、ごろごろん」
「……」
 外見スライムなのにこの猫みたいな声。いつ聞いても奇妙な感じ。
「もう、ゴロー出てこなくっていいよ。ていうか邪魔」
 もちろんごろごろ言ってるからゴロー。なんて安易な名前を付けられたスライムは、ゆらゆらと猫の形になっていく。色はまだ真っ青ね。はっきりいって気持ち悪い。
「ごろろ! ごろろろぉん」
「帰っていいよ。ニーナは今忙しいの」
 そういってまた杓丈を振る。またまたシャラランってでっかく鳴ったけど、頭の上はまだ重い。
「ゴロー重いよ。帰ってってばぁ」
「ごろ! ごろろろ! ごろろ! ごごごごごごろろろろごおろろんっ!」
「う〜わ、何言ってるか判んないし!もう、えいやぁッ」
 杓丈の天辺に付いてる七色の珠でゴローに触る。コツンって軽い音がして頭の上の猫みたいなスライムみたいなヤツは消えた。
 消えたって言うか、本当は人型になってニーナの目の前にいるんだけどね。

 そのゴローは、まだ肌寒いこの時期にありえないでしょ的な、袖のないアオザイみたいなのを着てる。本人曰く寒いと感じないらしいんだけど、見てるこっちが寒いってハナシ。
 そんなニーナの視線を気にせず、ゴローはビーズのたくさんついたアームレットをシャラシャラさせながら腰に手を当てた。
「ニーナ、優奈さまの想い人に対してなんて失礼な事言ってるんですか! たとえ魔界広しといえどあのようなどこにでも居そうで平凡でコレといってなんの取柄もなさそうな根暗っぽい男性だったとしても! 優奈さまにはこれ以上ないほどの特別な方なのかもしれないじゃないですか! それをグルグル眼鏡がダサいとか、タックインなワイシャツが気持ち悪いとか、妙なストライプのネクタイがセンスないとか足短いとかッ! あんまりじゃないですか!」
 いや、あんまりなのはあんただから。あたしそこまで言ってないし。
「ずぇんぶ優奈さまに言いつけてやりますからねっ!」
「や、やめてよ、あたしそこまで言ってないもん。酷いように脚色したのはゴローじゃんか」
 ニーナの邪魔しないでよ。
「とにかく、ニーナは優奈のためにあのダサオを研究するの! あ。ちがった。『恋』ってやつを勉強するの!」
 最初からこんな風に道外れそうになるなんて前途多難だ。
 ゴローがまだなんか言ってこようもんならニーナも全力で相手する気だった。見習いでもスライムよりは強い自信がある。しかし、ゴローは軽く顎に手を当て少し黙ると、
「判りました。それならばわたしもニーナに協力しましょう」
 は?
 ぽかんとした顔のニーナに、ゴローはとびきりのいたずらを思いついた猫の、満面の笑み(ある意味ちょっと恐い)を浮かべた。ついでに頭もぽんぽんと叩かれる。
 あれ? どっちのほうが立場が上なのか判ってる?
「そうと決まれば、さあニーナ! もたもたしないでダサオの研究しますよ!」
 ゴローは明るい栗色のさらさらヘアをなびかせてダサオの方へと走っていった。
 なに?あれ。
「ほんっと、優奈のこと大好きなんだから」
「あのー、もしもし? キミは優奈様の彼氏なんだろう?」
 っていきなりなにやってんのよっ!
 いやぁ! いちいち振り向かないでよっ! こっちに来ないでっ絶対他人の振りしてやるんだからねっ!
 もう、いきなり出鼻挫かれたって感じ?


  *  *  *


 まったくアホなゴローのお陰でダサオに顔見られちゃって大失敗よ。どうしてくれるのさ。あほばかとんま。
「ニーナ、何をそんなに怒ってるんですか? 結果オーライじゃないですか。ダサオくんはまだ正式に優奈様の恋人なわけではなかったんですよ?」
「そうだけど、もっとやり方があるでしょ。ゴローは本当に単刀直入すぎるよ」
 ゴローが直球で調べた(ていうか直接本人に聞いてきた)事をまとめると、ダサオは本名【城之崎雅生(きのさき まさお)、十八歳。優奈と同じ藤ノ宮の音楽科三年生で、生徒会の執行部に所属。卒業後の進路はそのまま大学の音楽科を専攻予定】そして、【優奈は只のクラスメイト】だった。
「まさか優奈の片思いだったなんて…」
 あんなにエラソーなこと言っといて、まだ優奈だって恋愛してないんじゃん。なんだ。
「そうですね、今日の事が優奈様にばれたら恐いですね。きっとタダじゃすまないですよね」
 そうだった…。優奈って普段ほんわかのんびりさんなのに、怒るとめちゃめちゃ恐いんだった。前に優奈のつくったプレゼント用のクッキーを食べちゃったから、魔法で大量生産しようとして失敗して隠したら、どういうわけか見つかって酷い目にあったんだよね……。
 あの時の優奈の形相を思い出して背筋がぞっとした。
「こ、恐いこといわないでよ…。大丈夫だよ、きっとばれないから」
 だってまだ付き合ってないんだし。きっと会話だって少ないはずだよね。
「だといいんですけどね。まあ、怒られるのはニーナだけなんで、その後はわたしが慰めてさしあげますよ。ご安心なさってください」
「…………」
 誰のせいでばれそうになってるのか判ってないのかな…(怒)。
「そうだ、参考までにゴローの恋愛話聞かせてよ」
 優奈に片思いなのは知ってるから、そのキモチの始まりの事とか。
「わたしの、ですか?」
「そう。いつ頃から好きになったのかとか、どんなトコが好きなのかとかさ」
 ゴローは豆鉄砲食らったみたいな顔を一瞬見せた後、顔を赤らめて答えた。
「……。わたしは気がついたら好きでした。もうずっとそばにお仕えしてますし、明るいところも優しいところも少し無鉄砲なところも……大好きです」
 あらら、本当に顔真っ赤だよ。好きな人の事を語るって恥ずかしい事なのかな?
「ふーん。なるほどね」
「ニーナ?」
「なに?」
「……いえ、何でもありません」
 なによ。変なやつ。
「それで、これからどうするんですか? ダサオさんは優奈様の事まだなんとも思ってないようでしたが」
「うん。どうしよっかなぁ」
 手にした杓丈をなんとなく眺めて、ニーナはニヤリと笑った。
 【優奈の恋愛】を観察する上でのいい方法、思いついちゃった☆
「ゴロー、ツライだろうけど協力してよ」
「は?」
「優奈の恋愛観察体験入学へレッツゴー!」
「え、ええええ?」


   *  *  *


 日差しが心地よい春の学校。ニーナは藤ノ宮の制服を着てその庭に立っていた。いつもはママ譲りの軽くウェーブ掛かった栗色の髪をそのまま下ろしているが、今日は魔法を使ってパパの様な漆黒のショートヘアで瞳の大きいニーナの活発な印象をより良く見せた。
 ペンダントサイズまで小さくした杓丈が胸元に光る。
「優奈どこにいるのかなあ」
「ごろにゃぁ」
 足元には青い猫。勿論ゴローだ。こちらもニーナの魔法で青い色を極力薄めてある。アメリカンショートヘアみたいな感じに見えれば成功かな。
「しかし広いね、ここ。中等部とは大違いだよ」
 ニーナだって一応藤ノ宮の生徒だよ? ただし、中等部のだけどね。
 高等部から、学棟が幾つも分岐するこの学園は系列の学部がたくさんあるので街全体が「藤ノ宮」といった感じで、多分会わない人は一生会わない。会った人でも選択が違えば二度と会わない、そんな場所だ。だから当然知らない人が紛れてるからって生徒同士ではだぁれも気にしない。
「えっと、音楽棟はどこだっけ」
 ニーナがフラフラ歩いていると、後ろから男に声をかけられた。
「きみ、どうしたの? さっきからこの辺グルグルしてるよね?」
 ニーナはその男の顔を見てドキッとした。そこにいるのは紛れもなく【城之崎雅生】だったのだ。
 雅生はやっぱりきちんと制服を着て眼鏡をかけていて昨日会った時とは後ろの風景が違うだけみたいに見えた。
「え、と、あの……道に迷っちゃって……」
「きみ、転校生?」
「ええっ? あ、そ、そうなんですぅ。音楽科の校舎はどこかな〜って」
「音楽科なら僕が案内するよ。こっちへおいで」
 雅生はいたって普通に道案内をかって出た。
 その後音楽棟につくまで面白い会話はなかったが、小さな段差や音楽棟以外の校舎の事も、その目印になる場所や方角についても、要点を纏めた会話をピンポイントで教えてくれた。
 あれ、ダサオいいやつじゃん。
 付かず離れずで付いてくるアメリカンショートヘアの猫を気にする様子もなく雅生はニーナを音楽棟まで運んでいく。
「きみ、何年生なの?」
 校舎が見えてきたところで初めて雅生はニーナの事をきいた。
「い、一年生デス」
 来年からは、ネ。
「そうなんだ。きみ、お姉さんとかいる?」
「いない、よ。なんで?」
「ううん、知り合いによく似てるから、そうなのかなって思ったんだけど。ごめんね、気を悪くした?」
「え?」
 警戒した所為で表情が強張っている事にニーナは気づいていない。
「それじゃあ僕はここで」
 そういって雅生は校舎へ入っていく。
「あ、ありがとう。雅生君」
「うん。それじゃあね……あれ?」
 雅生が振り返りニーナのほうを見た。しかしその視線の先にニーナはいない。なぜかって言えば、すぐそばの植え込みに引き込まれて無様なカッコになっているから。
「もがもが…ッ」
「ニーナ、静かにしてください。わたしですから」
 ニーナを植え込みに引きずり込んだのは人型のゴローだった。相変わらず寒そうな、袖のないアオザイから延びた腕がしっかりとニーナのお腹のあたりを抱えている。ついでに大声を出しそうなニーナの口を左手で抑えた状態で。
「もがっががが!」
「いてっ」
 指を噛んでやって漸くゴローは手を放した。
「んもう! なんなのよっ」
「なんなのよ、じゃないでしょう。ニーナ軽率ですよ」
 ゴローが噛まれた指を擦りながら言う。
「なにが」
「さっき、ダサオのこと名前で呼んだでしょう」
「え? 呼んでないよっ」
 ニーナの記憶にはない。
 きょとんとしてゴローを見つめた後で、人差し指を顎に当て視線で天を仰ぐ。会話を脳内でリピートして、結局全然違う事を思い出す。
「そういえばダサオっていい奴だよね」
「は?」
「なんか気がきくって言うの? 知らん振りするひとが多い場所なのに声かけてくれたし、ここに来る間も、ちっちゃな段差とか「ここ危ないから気をつけて」とかって教えてくれたし、校舎の事も目印になるようなもの教えてくれてさ……」
「優奈様が好きになるのが判りましたか?」
 ゴローがやや冷たい口調で聞いてきた。
 あ。そうだった。ゴローは優奈が好きなんだよね。ダサオの事褒めたからブルー入っちゃったのか。
「いや、でもホラやっぱり、ゴローのほうがカッコいいから大丈夫だよ! この上腕二等筋とかさ、男らしいじゃん? やっぱ逞しさって大事だよね!」
 ニーナはお腹のあたりにあるゴローの腕を引き寄せて触った。
「ニ、ニーナ、それほんとうですか?」
「う? うん。もちろんだよ!」
 ゴローに笑顔が戻った。よかった。
「昨日ニーナはわたしに聞きましたよね? いつから好きだったのかって」
「うん」
「ニーナは本当に、好きな人いないんですよね」
 ニーナは、引き込まれてゴローの上に乗っかってるという事を忘れているのか(それとも椅子に座ってるような感覚なのか)、退く気配すら見せずに体重を預け考え込んだ。
 好き?
 あたしは優奈が大好き。
 でもそれとは違うんだよね、きっと。
 昨日ゴローはなんて言ってたっけ。ええと、たしか「いつから好きなのかは判らない」で「明るくて優しくてちょっと無鉄砲なところがイイ」だったよね。………あれ? 優奈無鉄砲なとこあったのか。よく見てるよなあ…。
「ニーナ?」
「うん、わかりません」
 考えてもわかんない。パパやママや優奈が好き。勿論ゴローだって。でも、それじゃないとするなら、やっぱりわかんない。だからきっと好きな人はいない。ということだ。
「……そうですか。それじゃあ、ニーナが優奈様の恋人として認めるような理想の男性はどんな方ですか?」
「えー。何でそんな事聞くのぉ」
 考えるの、面倒くさい。
「恋を知るためです」
「むー」
 そう言われてしまえば考えない訳にはいかない。
「……強いて言うならばぁ、優奈がぽわぽわしてるから、一緒にいる人は真面目な人がいいな。気がきいて優しくて優奈と一緒にのんびりしてくれて、優奈が作るお菓子とかご飯とかいつも「おいしいね」って食べてくれて、時間がゆ〜っくり流れるの感じてくれるような人。でもって優奈のフルートと協奏曲なんか奏でてくれたら幸せかなぁ」
「ニーナ、それってまるっきりダサオのことですね」
 気がきいて、優しくて、真面目で、音楽科で。
 確か昨日は彼を見て「似合わない」と断言したていたはずなのに。
 ニーナが妄想の世界へ突入しかけたまさにその時、間一髪ゴローの声はニーナを現実に引き戻した。
 そしてまた自分が彼の事をまったくフォローしなかった事もついでに気がつく。
「あ、いやでも、ゴローだって…」
 振り返り、言いかけて、ゴローの顔に別段曇りがないことに安堵する。
 あせったぁ。
「ゴローだって優奈とお似合いだよ?」
「え?」
「それに……、ダサオはだめだよ。なんか、嫌」
 優奈とお似合いかもしれないけど、優奈の片思いだもん。きっと実らないよ。
「ニーナ」
 ゴローの下の枝がパキッと鳴って漸く、ニーナはゴローの上に乗っかっている事を思い出した。
「あ。ごめんゴロー。今退く」
「あ、いいえ別に。わたし的にはもうちょっとこうしていたいです」
「え?」
「ニーナ暖かいですから」
「……」
 やっぱり寒いのか、その格好。
「ではニーナ、ニーナが隣にいてほしいと思う男性はどんな方ですか?」
 また、妙な質問を…。
「そんなのわかんないよ」
「強いて言うならば?」
 うわ、しつこい。
「ぅえーー? 強いて言うならばぁ……。ニーナは一緒にいて楽しい人がいいな。会話は大事だと思うし、打って響かないキャッチボールはさみしいよねぇ。で、やっぱ力強い腕とかには憧れる。そこらの人間には負けない自信があるけど、守ってもらいたいってキモチは強いよ。やっぱ。まあ、簡単に言っちゃうと理想はパパとママみたいな感じになりたいな。ニーナはパパが大好きだもん☆」
「旦那様ですか……それは手強いですね」
「まあね」
 そういってニーナはまた、ゴローに寄りかかった。
「もういい?」
「ええ。十分です。あ、ニーナ、もうひとつだけ聞いてもいいですか?」
「なに?」
「これからどうするんですか?」


TOP


Copyright(c) 2009 玖月ありあ all rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-

inserted by FC2 system