stray sheep
第二章 「初恋のかけら」
あれからすぐ夏休みに入って一本の電話がかかってきたんだけど、何で私こんなとこに来てんのかな?
「いってらっしゃいませぇ〜」
カランコロンと鳴るドアチャームの下を、むさい男たちが肩を並べて出て行くのを見送ってため息をひとつ。そのあとでテーブルの上のお皿とかグラスとかをトレイに載せる。
なんで青春の夏休み、貴重なこの一日に秋葉でメイド服着てるのかって言えば。それもコレもすべて夕べの電話がことの始まりだった。
従兄の佐伯糺―――私は糺兄って呼んでるんだけど―――がやってるメイド喫茶でバイトの子が急遽お休みをもらいたいと連絡があったそうで。私的には「だからなに?」でも、糺兄に頼み込まれてしまえば無碍に断ることもできず、中途半端なお人よしが裏目に出ていた。
「うぇぇ〜。コースターに携帯番号とメアドが書いてあるぅ〜」
もちろん見なかったことにしてゴミ箱へポイ。
「かいりちゃぁ〜ん。オーダーお願いしたいなぁ。げへへ」
うげ。この時期にすでに汗だくってどうよ。あなた夏には滝が流れちゃうんじゃないの? なんて思いながら、このおデブなご主人様―――しかも常連らしい―――が「ご帰宅」のときに胸元のネームプレート凝視してたことを思い出す。
「は、はいぃ。ご主人さまぁ」
だれだよ。こんなシステムの喫茶店始めたやつぁ。あ。糺兄か。
ふわっと広がるパニエのせいで狭い店内が余計に狭くなる。大体女の子見るためにやっすーいケーキと紅茶飲みに来るなんて、ホント暇人だよなぁ。
「かか、かいりちゃんは、き、今日から入ったのかな?」
「え、あ。はい」
「そそそ、そうなんだ。僕はね、きき、君のご主人様だから、ぼ、僕の言うことは聞かなくちゃいけないんだよ。い、いいね?」
額にも汗、小鼻―――決して小さくはないけれど―――にもプツプツ浮き出る脂。そしてこの発言。き、気持ち悪い。
勘違いなご主人様がスッとべたべたの手を腰に伸ばそうとした、そのとき。
「坊ちゃま、お戯れが過ぎますよ」
「糺兄っ。じゃなかった。統括執事」
「・・・・・・かいりちゃんはデシャップに出ているお料理をお出ししてきて」
「は、はい。失礼します」
うわ、ギロリって糺兄が睨む。そう、初めてのメイド体験をしている私がこんな場合でもちゃんとした対応(主に言葉使い)しているのには理由がある。もともとは糺兄のこの店もほとんど娯楽でやってるようなもんだから、潰れたってたいしたダメージは無いんだろうけど、なにやら世の中にいる「自分はご主人様陶酔症候群」の人たちを見ていると楽しいらしくて、今のところ真剣にやってるみたい。
それで、私にも他の従業員、おっとちがった。メイドさんたちと同様のペナルティを課したってわけ。
「ただ働きさせられてたまるかっての」
実は今日の午前中にも、ガッツリ開いた制服の胸元をジト〜って見てたやつがいて、睨み返しちゃったのをばっちり糺兄に見られてたせいで、マイナスされて、他にも言葉使いがよくないとか、笑顔が無いとか、青筋立ってるとかで減給されまくってるから、これ以上の失態は避けたいってわけ。
でも、さっき思わず糺兄って呼んじゃって、睨まれた。
あの目は「ペナルティ」って目だったなぁ。ハァ。
Copyright (c) 2007 玖月ありあ All rights reserved.
-Powered by 小説HTMLの小人さん-