stray sheep

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第二章 「初恋のかけら」


「おつかれさまでしたーっ」
 ふいぃ、つかれたよぉ。なんなの? あの変態どもの巣窟は。あーあ。糺兄のやつマドカ達帰ったら上がっていいって言ったくせに、もう七時じゃないのよ。外くらいってーの!
「あーあ。もう絶対やんない」
 とかいいつつも、あと二日"奉仕"しなければならない契約だ。楽しいと思えるようになりたいなぁ・・・・・・。・・・・・・・・・・・・むりか。
「ちえぇ。カイリさん着替えちゃった」
「うわっ、テッタ! アンタなにしてんのよ」
 階段を降りきって路地を曲がったところでテッタが壁に寄りかかって立っていた。
「まってたんだよ。ほら、こんな時間じゃカイリさん変な人につれてかれちゃうと思ったから」
 あたしよりあんたが狙われるわよ。
「マドカは?」
「暗くなる前に帰ったよ。なんかね、特報部の血が騒いだとかいって不気味に笑いながら」
「・・・・・・・・・・・・あそ」
 なんだか容易に想像がつくのもどうかと思うが。ねぇ、マドカさん?
 それにしても、何でテッタはこんなにかわいい格好してくるのよ。私の立場がないってば。・・・・・・ほんと、私なんてかわいくないじゃん・・・・・・。お気に入りの服を着ていても、どこか負けてる気がして仕方がない。
 はぁぁ、何で私こんななんだろ。
「カイリさん?」
「なんでもない」
「ねね、手つなごうよ」
「はぁ?」
 馬鹿なこといってんじゃないわよ。何で私がアンタなんかと・・・・・・!
「だって、カイリさんのこと変質者から守らなくちゃ!」
「い、いいわよ。私そんなにかわいくないもん」
 ああ、声にするとむなしいな。男の子にも劣る自分、か・・・・・・。私ってばかわいそうだからクレープでも食べて帰ろうっと。たしかそこの角を曲がったところに・・・・・・。
「そんなことないよっ! カイリさんは自分のかわいさがわかってないっ!」
「て、テッタ?」
 睨まれた。テッタに睨まれるなんて、すごいびっくり。
「あ、ごめん。おっきな声だして・・・・・・。だけど、カイリさん本当にかわいいんだよ」
「あ、ありが、と・・・・・・」
 なによ。ほめてくれるなら、なにも睨まなくたっていいじゃない。
「だから」
「えっ?」
 ぎゅっと抱き寄せられ、腕の中にすっぽりと嵌まる。
 ちょちょちょ、ちょっとぉっ! テッタ、何考えてるのよっ! やだやだ、ちょっとまってよ、心の準備がぁぁ・・・・・・っ! うわぁんっ、やっとの思いで平気な振りしてるって言うのに、ふざけんなこのぉっ! はぁ〜なぁ〜れぇ〜ろぉ〜・・・! うわっ、びくともしないぃっ!
「それって犯罪だってわかってる?」
 え・・・?
 テッタの声が耳にかかる。ドキッとしたけど、それは近くにテッタを感じたからだけじゃなかった。なんだかいつもと違う低めの声色。
「ててて、テッタ、どうし・・・・・・」
 見上げたテッタの視線を追うと、そこには軽く2時間は先に「出発」されたはずのデブメガネが尻餅をついて座り込んでいた。
「ぼ、僕はただ、君たちの安全を守ろうと思って・・・・・・」
 ずり落ちためがねのフレームを脂だらけの手で押さえ、カメラを後ろ手に隠す。
「彼女の安全は俺が守ります。あんたみたいなやつらからも絶対に」
「おれ・・・?」
 デブメガネはそこでようやくテッタが男だとわかったみたいだった。けど、なに? どういうこと? 
「こいつ、カイリさんのあとを付けてきたんです」
「えぇっ!」
デブメガネは顔を真っ赤にして立ち上がるとテッタにつかみかかってきた。
「ぼぼ、僕の目を付けた、メ、メイドちゃんになれなれしくするなよっ! この子は僕のメイドちゃんなんだぞっ!」
「いやぁっ、ないこいつっ!」
 至近距離に脂ギッシュなデブメガネ。最悪っ!
 だけどテッタは私を抱えたまま、なんと片手でデブメガネを捻り上げた。うそぉ。
「て、テッタ!」
「あんまりこっちに近づかないでよ。気持ち悪い」
「うぐ・・・・・・」
 捻り上げられたデブは毛穴すべてから脂だか汗だかを放出させて顔がゆがむ。
「か、かいり・・・ちゃん」
「ひぃっ」
 あまりの気持ち悪さに思わずテッタの胸に顔を埋めた。うわぁん、気持ち悪いよっ!
 苦痛にゆがんだ気持ち悪い顔のまま、デブは必死に手を伸ばす。
「かいりちゃん、きき、君は僕のメイドちゃんなんだぞ。こんなオンナみたいなやつのゆうことなんか、き、きいちゃいけないんだからな! きき、君は僕のところにか、帰るんだっ」
 うわっ、やだやだ、こっちくるなぁっ!
「テッタぁっ!」
「彼女に触るなよっ」
「ひぎぃっ!」
 テッタが思いっきり蹴り飛ばしてデブは向かいのビルの階段に派手にぶつかった。だけどこのデブ、ふらふらと立ち上がってからは、現実と妄想の区別がつかない状態でワケわかんないことベラベラしゃべりだした。ひえぇっ、オタってこわいぃっ!
「大丈夫。絶対に俺が守りますから」
 怖くて怖くてしがみついちゃってた私の頭をぽんって優しく叩いて、テッタが言った。
「テッタぁ・・・」
「クス。かわいいね、カイリさん」
「っ!」
 私なんかよりも数倍かわいい顔でテッタが笑った。――――――――だけどその顔は、なんでかすごく男の子っぽい感じがして、胸がギュゥッって締め付けられた。
「さて、おじさん。俺と本気でけんかしますか?」
「僕のカイリちゃんだぞ。僕の・・・・・・」
 カチャリ、デブメガネが懐から小さなはさみを取り出した。うそ、それってやばいんじゃないの・・・・・・!? だけど頭上のテッタはかすかに笑った。って、え? 普通笑う?
「――――するんですね?」
 スッと腕が解かれたかと思った次の瞬間、想像もつかない速さでテッタがデブの懐に滑り込み、デブ自らの手で握られたはさみをコメカミのすぐ脇に突き立てた。
「ひ、ひぐっ」
 あまりの一瞬のことに、驚き、声にならない声でうめくと、デブは泡を吹いて座り込んだ。
 すごい、何今の。
「て、テッタ・・・・・・」
 相手が失神したのを確認して、テッタが振り返る。いつもの犬みたいな顔で。
「さ、帰ろ」
 ぴょこぴょこっと私のところに戻ってきて、にっこり笑う。けど、私は当然笑ってなんかいられなかった。だって、テッタ別人みたいですごく怖かったけど、それ以上にかっこよく見えちゃったんだもん。
 なにあれ。


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