stray sheep

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第二章 「初恋のかけら」


 顔から火が出そうな私の目の前で極上スマイル、こっちの動揺なんかテッタはまるでお構いなし。追い討ちをかけるようにつないだままの手をそっと持ち上げる。
「カイリさんの手、ちっちゃいですね。ほんと、かわいいな」
 ぎゅって適度な力加減で握られた手が、あったかくてドキドキして、心臓が跳ね上がった。
「や、やめてよ、そういう事いうの」
「いやですか?」
 い、いやって言うか・・・・・・。
「・・・恥ずかしいのよ、バカ。・・・わっ」
 ガタゴト揺れる電車の中でバランスを崩しそうになった。
だからここでそういうジェントルな支え方をするなっての!
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だよっ」
 テッタを突っぱねるようにしてついでにさりげなく手を離したけど、そうできたのは一瞬で、すぐまたテッタに手をつかまれた。なんでだろう、このときのテッタの様子になんだか違和感を覚えた。
「テッタ?」
「すいません。時間がなくて」
 時間?
「どういうこと?」
 会話の流れで考えても、スケジュール的に考えても、別段急いでるつもりはないのに、何でここで【時間】が出てくるのか判らなかった。
「なんでもないですよ。ただ、俺はやっぱりカイリさんが好きなんです。俺の気持ちをちゃんと知っていて欲しいんです」
 なに? なんか、本当に変だよ。確かに毎日告白され続けてはいるけど、今日みたいに強引に手を引かれたことも、絶え間なく気持ちをぶつけられるのも初めてだった。本当に何かに急いているように。
「どうしたら伝わりますか? 俺の本気」
「本、気?」
 やだ、また視線を外せなくなってる! どうしよう。どうしたらいい?
 祈るように絡ませた互いの指が目の前で揺れる。
 本当は判っている。テッタの気持ちに答えられる自分がここに在ること。判っているのに、認めたらすごく怖くなった。この手を握り返すだけでいいのに、そうしてしまった後の二人に不安を感じる。もしも自分がテッタの理想に合わなかったらどうしよう? だって私料理苦手だし、結構ずぼらだし、バイトしてないし、テッタの家につりあわない一般家庭だし、性格悪いし・・・・・・。
「っ! カイリさん?」
 え?
「どうしたんですか? どっか痛いんですか?」
 テッタが慌てたように指を伸ばす。私は目元を拭われて初めて、自分が泣いていることを知った。
「やだ、どうしたんだろう・・・・・・。ごめん、テッタ」
 泣くつもりなんかなかったのに。なんでだろう?
「俺、急ぎすぎましたか?」
 ドクン、ドクン。不安そうなテッタの声がこっちの心臓の音を大きくする。なんだろう、何でこんなに私、振るえちゃってんの?
「・・・・・・」
「ごめんね、カイリさん。でも俺、本当にあなたのことが好きなんですよ。これだけは、変えられないから」
 テッタは一度目を伏せたあと、スッと、手を離した。
「・・・・・・!」
 急速に冷めていく手のひらの温度が、二人の距離をも遠ざけてしまうようで、思わず両手を胸元に引き寄せた。
「ねぇ、カイリさんは何の紅茶が一番好きですか?」
「え?」
 見上げると、テッタは窓の外に視線を当てていた。
猛アタックをされ始めて以来ずっと、話すときは必ず目を見ていたのに、今のテッタはこっちを見ない。こんな風に間接的な会話の仕方は、二人の間では初めてだった。
「俺は基本的にはフレーバーティが好きですよ。カモミールとか、ジャスミンとか。ああ、ブルーベリーなんかも好きですね。たまにオリジナルでブレンドしてみたりするんですけど、姉や妹に気味悪がられます」
「テッタ、姉妹いるんだ?」
 無理やりな話の切り替えに違和感はあるけど、きっとテッタなりに私に気を使ってくれているんだね。やっぱり、私なんかには勿体無いのかもしれない。
「はい。いろんなところに放浪しては連絡がつかなくなる姉と、しっかり者の妹がいますよ」
「へぇ、そうなんだ」
 聞いてみて初めて、テッタのことを知らない自分に気がついた。
「テッタのおねぇさんと妹かぁ。きっと美人なんだろうなぁ」
「そうでもないですよ? 姉はずいぶん日焼けしていて夜に見ると影っぽくて怖いですし、妹は・・・・・・まあ可愛いですね。まだ小学生ですから」
相変わらず窓の外を見ているテッタの横顔は優しげで、見ているとそれだけでやっぱり胸が痛かった。
いいなぁ、テッタの家族、かぁ。会ってみたいなぁ・・・・・・。
「あ、カイリさん、次で降りますよ」
そういってテッタは藤ノ宮の中等部で電車を降りた。私鉄から徒歩で数分のところに【藤ノ宮学園中等部】って大きく掲げられた校舎が見えてきて、その先に大きなカフェテリアと講堂があった。
うわぁ、こりゃまた迷子になりそう。なんて思っていたら、本当に迷子になっていた。
だって、広い敷地に芝生に噴水に樹林にって、見るところが多くて、そうしたらいつの間にかテッタの姿を見失っていた。
「テッタぁ?」
 やだ、私中等部初めてなのに、っていうか、女の子の歩幅に気を使わないなんて男失格だと思うんだけど?
「テッタぁ・・・」
 周りを見渡しても行き交うのは知らない制服の知らない生徒だけ。こんな中で頼れるのはテッタしか居ないのに、そのテッタが居ない―――。
 やだやだやだぁ、テッタどこ行っちゃったの?
「テッタ! テッタどこ?」
 やだよ、こんなところに一人置いていくなんて、ひどいじゃない。
 なんだか今日はいつものテッタらしくないと散々不思議に思ったのに、そのときの私は迷子になったショックでその先にまで考えが及ばなかった。



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