stray sheep

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第三章 「フレーム・イン・ザ・ダークネス」

「ねえ、マドカ。私アキナのこと知りたいの」
「え?」
 アキナの葬儀から二週間経って、学園は二学期を迎えていた。
 静まり返った教室で机の中を探れば、借りっぱなしになっていたミステリー小説と、あの日笑顔で渡してくれた花の刺繍が入ったハンカチに手が触れる。
「アキナがどうしてこんな道を選んだのか、私は知っておかなきゃならない気がするんだ」
「カイリ・・・・・・」
「最後の手紙があれなんて、なんか引っかかる。どうしてアキナは最後の手紙に好きな人の話をしたの? 他の何でもない、私の知らない好きな人の話」
  あまりにも唐突すぎだよ。今まで一緒にいて一度も話題に上らなかった人の話を敢えて手紙に残したアキナの真実を、私は知らなくちゃならない気がする。それは自分の記憶や過去を知ることよりもずっと大切なことだと思った。
「そっか・・・。わかった。あたしも知ってることは全部話すよ」
「うん。ありがとう」 
 きっとこれはミステリー好きのアキナがあたしにくれたメッセージなんだ。それを紐解くことが、きっとあたしのやるべきことなんだよね?
 そう思えば後の行動は早い。私はアキナのクラスやバスケ部などの交友関係、クラスでの様子などいろいろと情報の収集を始めた。もちろん、手紙にあったように事実上付き合っていたはずの辻本先輩にも。だけど。
「おっかしいなぁ」
 カイリが集めた情報では、辻本も手癖の悪さを発揮することなく、鉄壁のガードで躱され続け、彼女が命を絶つ数日前に別れていたという。そして、彼女自身の私生活も謎だらけだったといっていた。
 解せない。アキナってそんなに一人が好きだった?
「カイリさん、小崎さんの手紙って何が書いてあったんですか? 俺だってあなたの力になりたいのに」
「テッタ・・・・・・」
 二学期が始まってからずっと、テッタは今までと変わらず私の心配をしてくれる。だけど、カフェテリアでの一件以来テッタの顔を見たくなくて、電話にもメールにも返事をしなかったし、学園でもずっと避けている。
 テッタのことは、何も考えたくない。
「テッタには、関係ないから」
「そんなぁ、カイリさん」
「いいから」
 お願いあっちにいって。
そのとき、後ろのドアから物理の先生が顔を出した。
「あ! 音羽ぁ。ったく、探したわよ。ほら早く来なさい」
「ぅわ、吾川先生っ」
「補習だって言っておいたでしょう? 早くいらっしゃい」
「わっ、やめてくださいよぉっ、俺はカイリさんと・・・」
 物理の先生に引き摺られてテッタが教室からいなくなると、驚くほど安堵する自分が居た。
 やっぱり、勘違いだったんだよね。私がテッタを好きだなんて。気の迷いだったんだ。実際テッタだって私のこと本気じゃなかったんだし、もう、忘れよう。いまはアキナのことだけ考えていたい。
 一度は閉じたノートを、また開いてさらさらとペンを走らせる。






 【アキナはバスケ部のマネージャーをしていた。】
 【実はかなり人気があった。】
 【数日前まで辻本先輩と付き合っていた。】






「それにしても」
 クラスメイトからの情報は本当にたいしたものが無くて不思議だった。
あんなに人気があった子なのに、どうしてこんなにも情報が少ないんだろう。
「ふぅ」
 何を調べたら手紙の真実がわかるの? アキナ。
 目を瞑れば上履きのままでも平気で外に駆け出してくるふわふわのツインテールが目に浮かぶ。
「小崎さんの情報を集めてどうするつもり?」
「っ・・・!」
 顔を上げると目の前に商業科の先輩が立っていた。
 この人、この間ユリちゃんと一緒にいた・・・。
「どうも久しぶり。渡辺です」
「あ、どうも」
 何でこの人ここにいるんだろう。
「きみさ、どうして彼女の情報を集めてるの?」
「え?」
「彼女のことを、どうして調べているんだい?」
 そういって渡辺先輩は私の前の席にどかっと座った。
 どういうこと? ていうかこの人何者・・・? この間見たときはもっとやさしそうな雰囲気だったのに、今のこの人の目はなんか、怖い。
 鋭視され、わけもわからず緊張が走る。
「先輩には、関係ないことだと思います」
 やだ、何でそんなにじっと見てるわけ? だって本当のことじゃない。アキナのことは私が解かなくちゃ。先輩には関係ないことでしょう・・・?
 こっちが冷や汗かいててもお構いなしにじっと見つめられて、言いたくないのにいわざるを得ない状況にさせられる。
「・・・・・・アキナは、私の親友です。彼女の死に疑問を持っているから調べているの。先輩は何で私のところに来たんですか」
「疑問・・・?」
 思いの外渡辺先輩は食いついたけど、私はこの件でマドカ以外に話すつもりなんか無い。だいたい、一番近くで引っ付いているテッタにさえ話していないのに、いきなり現れたよく知らない人に話したくなんてなかった。
「これ以上話すつもりはありません。私の質問にも答えてもらいたいんですけど」
「そっか。わかった。小崎さんの死については俺も思うことがあるから調べてるんだけど、たぶん」
 そこで渡辺先輩は意味ありげにひとつ区切る。そして。

「きみが探している情報はたぶん俺が持ってるよ」

 まるで別人のようにやわらかく渡辺先輩は笑った。


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