stray sheep

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第三章 「フレーム・イン・ザ・ダークネス」



 翌日アキナの家の前に、マドカの姿があって、普段見慣れているはずのその顔はずっとずっと暗く見えた。
「カイリ・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
 ふと部屋の窓を見上げる。
 前に遊びに来た時はあの窓からアキナが顔を出して手招きしてくれたんだっけ。
 アキナが居ないなんて考えられない。
「・・・・・・ッ・・・・・・」
 マドカがそっと肩に手を乗せて宥めるように擦る。
 アキナと仲良くなったのは高校に入ってすぐの事だった。
 高校から藤ノ宮に通うようになったカイリは普通科の校舎がわからず間違って入った工業科の校舎でマドカに助けられ、その後普通科の校舎でアキナに託されたのだ。
 マドカは中等部から、アキナは初等部から通っていてウマが合うのか凄く仲が良かった。そしてそれがきっかけでカイリもその輪に自然と入れたのだ。その、アキナの死。
 出迎える家族の表情は泣きはらし虚ろなものばかり。
「あの・・・・・・」
「ああ、マドカちゃんカイリちゃん。来てくれてありがとう。さぁ、中へどうぞ」
 アキナの母にすすめられ中へ入る。
 玄関を抜けると、いつも綺麗な花を咲かせる観葉植物や記念樹らしき大きなパティオが現れる。ふと、そこにアキナの姿が見えた気がした。
「アキナ」
 遊びに来るといつもアキナがこの木に水をあげていたんだった。それで笑って言うんだ。「結構気難しいんだ、この子」って。
 知らぬ間にアキナの名前を呟いていた。もしかしたら呟いたのは私じゃなくてマドカだったのかもしれない。
 ゆるく螺旋を描いた階段を上りきると、正面に大きなバルコニーが見えてくる。白いガーデンテーブルのセットにはいろんな思い出。
ねぇアキナ。ここでのんびりお茶会とかしたよね・・・。



  アキナの部屋に入ると、特徴的な採光性の高い飾り窓の全部にカーテンが下りていた。外は明るいけれど、アキナの母は窓を開けようとはせず、部屋の電気のスイッチを押す。
「ゆっくりしていってあげてね」
 アキナの母はそういうと、静かに部屋を出て行った。
「・・・・・・お母さん、声、震えてたね」
「うん」
 この部屋のどこを見渡しても、明るいアキナの笑顔が浮かぶ。
「どうして、こんなことになったの?」
 アキナの死は、事故ではなかった。かといって誰かに奪われたものでもなかった。
 アキナ・・・どうして・・・・・・。
 こみ上げる涙をこらえそっとテーブルに手を置く。木で出来た本体の中央に小物を飾るスペースのあるそれは、いつも彼女のお気に入りが詰まっていた。
 春は花をモチーフにしたアクセサリーやガラス細工。夏には小さな貝殻や水色のビーズのアクセサリー。秋には紅葉。そして冬にはなぜかいつも白い砂が入っていた。
 あれ、どうしてまだ花のアクセサリーのままなんだろう。もうとっくに夏になっていて、ここは入れ替えられているはずなのに。
 ガラスの蓋を持ち上げて、小さな花のちりばめられたブレスレットを手に取った。初めて手にしたが、やはりそれはワンコインゲームの景品だ。裕福な家に暮らすアキナには、正直不釣合いだと思える品だった。
「それ、思い出の品なんだって」
 マドカが言った。
 思い出の品?
「アキナの好きな人ね、外国の人なんだって。ていっても出逢ったのも手紙からだったから、毎年送りあう写真でしか顔もわからないみたいだけど、それでもずっと大切にしてきた想いなんだって。それでね、このブレスレットはやり取りをはじめた最初の春に彼が送ってくれた物なんだって言ってた」
 マドカがブレスレットをそっと持ち上げる。繊細さもないただのおもちゃなのに、なぜか胸を締め付けられた。
 部屋の中を見渡して、そこここにアキナの思い出を見つける。
 アキナ・・・・・・。
 ブレスレットを元に戻しガラスの蓋を閉めようと持ち上げた。そのとき。
「あれ? なんだろう、これ」
 ショーケースの底からわずかにはみ出した紙のようなもの。よく見れば確かに何か挟まっている。
「マドカ、これ」
「え? なに、これ」
 顔を見合わせ底板を取り外す。
「手紙・・・・・・」
 上げ底になった部分に二通の手紙が入っていた。あの切れ端は気づかせるためだったのか、側面にしっかり貼り付けられている。
 思えば推理小説が大好きだったアキナが、二人に宛てたメッセージなのかもしれなかった。
「! これ・・・・・・」
 封筒の宛名には二人の名前が書いてあった。少し丸い、特徴的な字体で書かれた二人の名前。それは親友から宛てられた最後の手紙だった。




  カイリへ。
   この手紙を見つけたってことはテーブルの秘密を見つけてくれたってことだよね。 

   ありがとう。
   そこにマドカはいますか?
   マドカには昔少しだけ話したことがあったんだけど、
   私の好きな人は海の向こうの人です。
   もともと向こうの人なんだけど、手紙のやり取りをして彼が大事な人だと
   気づきました。
   日本の思い出が、彼はあるといっていました。
   小さいころに交わした淡い恋の約束があると。
   それでも、彼に対する気持ちは私にとって何よりも変えがたい
   大切な想いとなってこの胸にあります。
   私は辻本先輩と付き合っていたけれど、その間もこの心はずっと
   彼の元にあったんだと、カイリには知っていてほしい。

 
   カイリ、私はあなたが大好きだよ。出会えてよかったと本気で思ってる。




   話したいこと
   話さなきゃいけないこと
   すごくたくさんあるけど、一番伝えたいことは、これだから。

   読んでくれてありがとう。


                                       アキナ



「・・・・・・ぅ・・・・・・っく・・・」
 アキナらしい柔らかな言葉の綴られた便箋が、小さく震える。
「アキナ・・・・・・・・・」
 気づくと、マドカもまた、目にいっぱい涙を浮かべて震えていた。
 私もアキナが大好きだよ。これからもずっと。ずっと・・・・・・。
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