stray sheep

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第三章 「フレーム・イン・ザ・ダークネス」

「カイリさーん、いっしょにかえろー、ゲロゲロ」
「・・・・・・」
 渡辺先輩が帰った後、しばらくしてテッタが教室へと帰ってきた。
 早々に引き上げるつもりで居たのに、渡辺先輩から聞いた情報を整理するのにやたらと時間を食っていたようだ。
 それでもせっかく手に入れた資料や情報をテッタに見せるつもりが無いものだから、いささか慌ててバッグに突っ込む。
「カイリさん? なに隠したの?」
「なんでもないわよ。それより、私はまだやることが残ってるから、一人で帰って」
「うわーん、そんな冷たいこと言わないでくださいよぅ。俺カイリさんに嫌われたら生きて行けない」
 今までいっぱい鬱陶しく思ってきたけれど、今の心境ではこれ以上ないくらいテッタの言葉は白々しく思えた。
 私の事好きなフリは、もう結構だよ。
「私、もうアンタと関わりあいたくないの。ごめんね」
「え、カイリさんっ?」
 テッタといると苛々してくる。今までもずっとそうだったけど、何でも許されると思っているようなこの笑顔も、馴れ馴れしいところも、今は本当に厭になっていた。
「なにを怒ってるんですか? 俺、なにか悪いことしましたか?」
 悪いこと、か。
「なんでもないの。ただ私が馬鹿だったってだけだから。本当にごめん」
 それだけ言うと、鞄を引っ掛けてその横を通り過ぎる。しかし、教室のドアのところに見覚えのある人影を見つけた瞬間、ゾッとした。
「やあ、テッタ。それと、安部さん」
「伊達、さん・・・」
「二人にちょっと話があるんだけど、いいかな?」
 そこに佇む伊達はカフェテリアで見たときと同じエプロンを腰に巻き、白い詰襟のブラウスを着ていた。ただ、前と違うのは何かを心中に隠しているような、妖しいその表情。
「あれ? 仕事帰り?」
「まあね」
 突然の旧友の出現に驚きの声をあげるテッタに対し、伊達は冷めた目でテッタを見ている。
 話って、なんだろう。
「というか、キミが僕に話があるんじゃないかと思ってね」
 伊達がまっすぐにこちらを見た。
「!」
 この人、わかってるんだ・・・・・・。
「ね? 安部さん」
 静かに歩いてくるその姿だけで、背中にたっぷりと汗をかいてしまう。
 そう、さっき渡辺先輩がくれた情報は、この伊達に関するものだった。
 校内に潜入した黒い影がアキナの死に関係していると、渡辺は言った。





「小崎さんは、とある組織で内偵をしていたんだよ」
「え?」
 俄かには信じられないような言葉だった。そもそもあのふわふわしたアキナにもっとも不向きな、到底結びつかないような所業だ。
「信じられないとは思うけれど、これを見て」
 そういって渡辺先輩が机に広げたのは見知らぬ女性がクラブに出入りする姿や、お酒の入ったグラスを前に妖艶な笑顔を浮かべるホステスの姿。数枚下にあった写真には、別のアングルから撮られたのだろう盗聴器らしきものを持ったものもあった。
「これは?」
「小崎さんだよ」
「えっ?」
 似ても似つかないような写真のそれが、アキナのはずがない。そう思ってもう一度目を凝らす。
 四角いフレームのメガネをかけた秘書風の女性、大きめのリングピアスを耳から下げたダンサー風の女性、露出の高い服で男の客を相手にしている女性。これがすべて同一人物だと思えないのに、この人はこれがアキナだというのか。
「うそです。アキナはこんな子じゃありません」
「そう思いたいのは判るよ。でも、ほらここ」
 渡辺先輩の指した先には見紛うことのできないアキナの特徴的なものが映っていた。
「小崎さんだよね」
 耳の端にある三つ並んだ小さなホクロ。それはまっすぐに整列した形で並んでいた。
「彼女がしてきた仕事はどれも、ある組織に繋がっていたよ。とても君には太刀打ちできないものだ。俺は君がこの件に関わろうとしているのを見過ごすわけには行かないんだ。手を引いてくれるね?」
 穏やかに話す渡辺先輩の目には強い説得力があった。イエス以外は受け入れてくれそうにない。だけど、このまま「はいそうですか」って頷けるわけがない。
「でも先輩、私アキナがどうして自殺したのか知らなくちゃいけないんです。彼女が私に託したメッセージをきちんと解読してあげたい」
「・・・・・・・・・。安部さん、君が欲しい情報は俺が全部流してあげる。だけど、彼女がやってきたことは間違いなく犯罪で、それはとても恐ろしい組織に繋がっていることなんだ。首を突っ込んで欲しくないんだよ」
「判ってます。私は仇が打ちたいんじゃない。真実が知りたいんです。アキナが、どうして死を選んだのか、どうしてそんな仕事をしていたのか、私に託したあの手紙の真実が知りたいんです」
 この数日間、誰に聞いてもたいした情報が得られなかった。しかし逆にこのおかげで、渡辺先輩がくれた信じがたい情報の信憑性は一段と増したのだ。
 アキナの真実が知りたい。
「お願いします。その組織のことには一切触れません。アキナのこと、教えてください」
 仕方ないな。渡辺先輩はそういってひとつだけため息を漏らした。
「君のその手紙を見せてもらってもいいかな?」
「はい」
 渡辺先輩が手紙を読み終えるまでの間、アキナの写真を見ていた。化粧一つでここまで変われるのかと思うほど、別人に見えた。
 アキナ、どうしてこんなことしてたの? どうして、話してくれなかったの?
「安部さん、ありがとう。これでまたひとつ繋がったよ」
「どういうことですか?」
「小崎さんの後ろにいた人が誰なのか、ヒントが十分なほどに含まれていた」
 手紙は丁寧に畳まれて返された。そして。
「中等部のカフェテリアにイギリスからスタッフが入ったのを知っているかい?」
 新しいスタッフ?
 瞬間的に伊達の姿が浮かんだ。
「伊達さん・・・?」
「そう、彼だ。彼が小崎さんの仕事に加担しているのは間違いなさそうだよ」



 渡辺先輩に与えられた情報の中に現れた伊達の情報。これ以上ないほどにタイミングよく現れた伊達に、恐怖を感じた。
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