stray sheep

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第四章 「フラッシュバック・デイズ」

 アキナの部屋から見つかった紙にはアキナが関わった仕事の日時と場所、そしてどんな内容のことを聞き出せばいいのかが簡潔に書いてあった。慌ててアキナの部屋へ向かった私たちを不審に思ったお母さんが階段を上がってくる前に、それをポケットにしまって、机や椅子も急いで元に戻した。いくら消音の床でも何かを探していたことに気付かないほど家族は馬鹿じゃない。アキナのお母さんは躊躇いながら詰問してきた。
「何を探していたの? 私に何を隠しているの? ねぇ、マドカちゃん、あの子のなにを知っているって言うの? おねがいよ、教えて頂戴!」
「おば様・・・」
「カイリちゃんも、何を隠しているの?! ねぇっ!」
 肩をつかまれ縋るように強く揺すられる。
「あ、あの・・・。私たちもまだよくわからないんです・・・・」
「うそよ! 教えて頂戴! カイリちゃん! マドカちゃん!!」
「奥さまっ!」
 珍しく大きな声を出したアキナのお母さんの声をきいて、家政婦の豊野さんが止めに入った。
「おねがいよ、教えて頂戴! アキナは何をしていたの?!」
 泣き崩れるお母さんを見て、すべてを話してしまいたくなった。けれど、強い眼差しでそれを制したのはマドカだった。マドカは小さく首を振って、それからしゃがみこんだアキナのお母さんの肩に手を置いた。
「おばさま、ごめんなさい。私たちもアキナの事を知るために、いま必死で動いているんです。アキナが何をしていたのか、どうしてこんなことになったのか、必ず調べておばさまにお教えします。私を信じてください」
「マドカちゃん・・・」
「アキナは学校でも私たちの前でもとても明るくて優しくて人気のある女の子だったんです。だけど、アキナには私たちの知らないアキナがいたんです。本当の彼女の私生活を知っている人は私たちの周りには誰もいません。だからいま、私たちは命がけで探しているんです。アキナが死を選んだ本当の理由を」
 マドカの声が微かに震えていた。その声に、アキナのお母さんは顔を上げてマドカを見つめた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「あの子の葬儀が終わってから数日たって、また警察があの子の部屋を調べにきたの・・・。そのとき、何か違和感を感じたわ」
「どういうことですか?」
「家の中を・・・、ひっくり返すように隅々まで調べて、他にあの子が使っていた部屋や親しい友人などはいないかって、根掘り葉掘り聞かれたのよ」
「警察が? なんでですか?」
「わからないわ。でもまるであの子が何か犯罪に関わっていたかのように見えたわ。そしてその数日後、郵便で届いたのがあの子の通帳と印鑑だったわ。添えられた手紙には一言あの子の文字で『ごめんなさい』と・・・。私はそれを持って警察へ行ったの。けれど警察は最初の一度きりうちへは来ていないというのよ」
「それって・・・・・・」
 思わずマドカと視線を合わせた。
 ブロンドザウルスが証拠を隠滅するために警官を装ってこの家に来たということ?
 私は改めて組織の存在に背筋が震えた。
「注意喚起されて家へ戻ってからは、豊野さんがすべてインターフォンで断ってくれているのだけれど・・・・・・ねぇマドカちゃん、カイリちゃん、もしもあの子が関わっていたのが危険なものだとしたら、すぐに手を引いて頂戴。こんなに取り乱した私が言うのもおかしいかもしれないけど、命がけでなんて言わないで。あなたたちの気持ちは嬉しいの。でもそれはあなたたちがすることじゃないわ。あなたたちにまで何かあったら、私はあの子に顔向けできなくなってしまう」
「おばさま・・・」
「おねがいよ。あの子の大切な友達だったあなたたちは、私にとっても大切な子供たちなのだから」
 そういってアキナのお母さんは私たちの手をぎゅっと握り締めた。
 私もマドカも、大きく頷くことしかできなかった。









 帰りに寄ったカフェでテッタと三人、アキナの残したメモを見つめていた。
「四月二十四日、東京のサンジェルジュホテル、専務の裏事情・・・・・・、六月十二日、新宿グランニックホテル、癒着についての証拠・・・・・・六月二十日、麻布バーヒナギク、次のための接待・・・・・・」
「七月三日麻布バーヒナギク、証拠の裏取り。七月三十一日横浜ホテルトロント、接待。八月四日から七日沖縄・・・・・・・・・・・」
 小さな紙切れにびっしりと書き連ねられたアキナの足跡。後半に行くにつれ、テッタの会社の重役の名前が増えていった。テッタは驚いた表情や悲しい表情をしたけれど、そのどれもが伊達のために必死で動いた形跡かと思うと、胸が苦しかった。
「あんなやつのためにアキナは・・・・・・」
 マドカが呟く。
 思い出すだけで体が強張る伊達の姿。アキナは何で、こんな思いをしてまで彼に尽くしたの? 胸ポケットでアキナの残してくれた手紙が小さく音を立てた気がした。
「とにかく、これはまた渡辺先輩に渡さないとですね。警官にまで扮して家に上がりこむ大胆さを考えると、俺たちだけじゃ本当に太刀打ちできないですし」
「テッタ大丈夫?」
「だいじょうぶですよ、俺はちゃんと会社も家もカイリさんも守ります。一人じゃまだ力不足ですけど、味方はいます。だから平気です」
「気にしすぎだよ、カイリ。音羽君はアンタのためならなんだって――――」
 そこでマドカの言葉がつまった。理由はたぶん私と同じ。
 “好きな人のためならなんだって。”
「・・・・・・アキナ趣味悪すぎだよ・・・・・・」
 寂しい空気が私たちを包んだ。その空気を断ち切るように、マドカは席を立った。
「んじゃアタシ渡辺先輩にこれ渡してくるよ」
「じゃあ私も」
「カイリはダメ」
「なんで・・・!」
「藤ノ宮執行部の秘密基地は教えらんないの。いいからあんたは音羽君に送ってもらって。はいこれ発信機」
「え、ちょっとマドカ・・・」
 そういってマドカはさっさとカフェを後にした。慌てて会計を済ませてカフェを飛び出した頃にはマドカの姿はもうどこにも見あたらず、私たちは仕方なく家路につくことにした。
 いつの間にか夕暮れが過ぎた街の中は薄暗く、一人で行ったマドカが心配になる。携帯を取り出してコールしようと電話帳を呼び出したとき、背後で女性の悲鳴が聞こえた。
 振り返ると、同じ藤ノ宮の女の子が何者かにバッグを取られ地面にしゃがみこんでいた。私はその女の子に駆け寄り、テッタは逃げた犯人を追って茂みに入って行った。テッタの声がだんだんと遠ざかっていく。
「だいじょうぶよ。テッタが必ずバッグを取り戻してくれ・・・――えっ?! きゃぁぁっ!」
 女の子の顔を覗き込んだ瞬間、バチバチバチィっと凄まじい衝撃が二の腕に走った。












 私は遠のく意識の中で女の子の背後に黒い服の男が見えた気がした・・・・・・。
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