stray sheep

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第四章 「フラッシュバック・デイズ」

「とにかく、君たちのおかげでまた少しブロンドザウルスに近づけたよ。ありがとう。だけど、これで気は済んだよな?」
「え?」
「君たちの目的は小崎さんの死の真相を知ること、だっただろう? 状況からいって彼女は失恋や子供を堕ろしたことを悔やんで死を選んだとみて間違いない。誰にも相談できず、犯罪にも手を染めて・・・・・・。苦しかったんじゃないかな。生きていられないと思うくらいに」

 渡辺先輩が少しだけ目を伏せた。
 アキナが死んだ理由・・・。そうなのかもしれない。こうしてお腹に手を当ててみると判る気がする。・・・・・・こわい、よね。
 となりでテッタやマドカも、黙って下を向いてる。
「そう、ですよね」
「カイリ?」
 マドカが心配そうな目でこっちを見てる。マドカごめんね。ついこの間、アキナの真相を知りたいって参加してくれたばかりだけど、きちんと動くこともないままに真実が見えちゃった。
「カイリさん・・・」
「大丈夫」


 だいじょうぶ。


 そう心の中で何度も繰り返す。本当は自責の念でいっぱいの胸の中を必死に押さえ込む。


 どうして助けてあげられなかったの?



 どうして話してくれなかったの?


 どうして気付けなかったの?


 どこから狂っていたの?


 だけど考えても答えは出ない。これ以上私たちにできることはない。






「ちょっと、待ってください」
「マドカ?」
 マドカが私の肩をポンと叩いて一歩前に出た。何を言おうとしているの? マドカ。
「私は全部知りたいです。先輩。アキナが何をしていたのか。先輩の話を聞く限りでは、私たちが思うよりずっとしたたかな子だったはずですよね? それがただの失恋でどうこうっていうのは納得できません」
「俺も、小崎さんのことはよくわからないけど、それが音羽の家に関わることなら知っておかなくちゃならないと思います」
 二人は渡辺先輩を見つめ続けていたけど、私には二人の気持ちがわからない。
マドカ、私たちに出来ることはもうないんだよ?
 それとも、そんな風に思っているのは私だけなの?


「・・・・・・先輩、小崎さんを利用していたその悪い組織、俺の家のことを調べてどうするつもりなんでしょうか」
 テッタの質問に、先輩は眉をしかめた。
「俺はいい情報源になると思いますよ」
「・・・・・・お前さんはお馬鹿で通ってるんじゃなったっけか?」
 そういうと、テッタはにっこりと笑い、渡辺先輩はポリポリと頭を掻いてため息と吐いた。
「ったく、とんだ食わせモンだな」
「帝王学は嫌いなんですよ」
「わかった。ま、今回のヤマは俺たちも本腰入れてやってることだし、協力は正直ありがたい。だが、本格的にやつらと戦うのは俺たちが引き受ける。余っ程のことがない限り君たちには事後報告で我慢してもらうよ。君たちの探偵ごっこはもう終わりだ」
「探偵ごっこか・・・。先輩にそう言われると、なんだか胸が痛いです。だけど、渡辺先輩から聞く限り、伊達のいる組織は私たちじゃ歯が立たないような大きなものなんですよね」
 マドカの問いに渡辺先輩は黙って頷いた。
 伊達・・・。
 その名前を聞いただけでも背筋が冷える思いだった。
 アキナが好きだった人。
 あんな凶暴な瞳をした人なのに、どうしてなの?
 教室で襲われたときのことを思い出す。恐怖でしかなかった戦慄の時間。
 思わず体をぎゅっと抱えこんだ。
「乾、この子達のことちゃんと護ってやれよ? 一度襲われてるんだ、伊達はまたこの子を狙ってやってくると思う」
 渡辺先輩はマドカにそういうと、緊急用にといって小型の発信機を渡した。
「渡辺先輩って、一体何者なんですか? 前からすごく気になってたんですけど」
「俺? 俺は正義の味方やってんだよ。悪いやつは懲らしめるってな」
「正義の味方?」
「ま。とにかく、音羽財閥の件も含めていろいろと調べさせてもらうつもりだ」
 渡辺先輩はテッタを見て言った。
「はい。俺の将来にも関わってくることみたいだし、何かあったら俺にも教えてください。権力に興味はないけど、必要なときが来るかもしれないから」
「ああ、可愛い後輩のためだもんな」














 その後も渡辺先輩とやり取りを続けながら、ブロンドザウルスのことやアキナの事を必死で調べ続けた。一週間が過ぎ、私たちは誰から言うでもなく、アキナの家に向かっていた。街路樹に導かれた長い坂道。寄り道した本屋、バーガーショップ、アイスクリームの専門店、そしてその先にあるアキナの家・・・・・・。玄関のチャイムを鳴らすと、しばらくして家政婦の声が雑音と共に聞こえてきた。
「あの、乾マドカと申します」
 マドカの声を聞いて、家政婦は豪奢なオートロックの正門を開けた。
 久しぶりに入るアキナの家はあの日から変わっていないように見えた。吹き抜けの玄関を入ってすぐに見える大きなパティオ。アキナのお気に入りの花はどれも変わらずきれいに咲いていた。まるで、アキナがまだそこに居るみたいに。
 庭で待つというテッタを外に残し、マドカと二人、応接間に通された。応接間では、家中の明るさとは相反した雰囲気のお母さんがいた。アキナのお母さんは私たちを見ると、ソファから立ち上がり微笑んで手招きをしてくれたけれど、やはり前と同じようには戻れない。
「あの、お久しぶりです、おばさま」
「いらっしゃい、二人とも元気だった?」
「はい」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 何を話したくてここに来たのか。誰にもわからなかった。前にアキナのお母さんに会ったのはアキナの墓前に手を合わせに行ったときだったとおもう。しばらくして家政婦の運んできたお茶の用意をただ黙って見つめ、手も付けられないまま時間が流れていくのを感じていた。
 口を開いたのはマドカだった。
「おばさま、玄関のパティオにある花は誰が管理を?」
「豊野さんがやってくれているわ。私は・・・・・・まだ無理だから」
「そうですか。とてもきれいに咲いていますね。少し分けていただいてもいいですか?」
「もちろんよ。持っていって頂戴」
「ありがとうございます」
 アキナが好きだった花。花を愛でる優しい女の子。そのアキナがスパイだなんて、やっぱりしんじられないよ・・・。


「ねぇ、二人とも・・・ちょっと変なことを聞いてもいいかしら」
「なんですか?」
 言いにくそうにアキナのお母さんは紅茶のカップをソーサーに置いた。
「あの子、学校以外ではどんな子だったのかしら」
「と、いいますと?」
 マドカは首をかしげて聞き返した。
「高校に上がってからのあの子、なんだかいつもそわそわしていて、それにね、銀行に大金が振り込まれていることが多くあったみたいなのよ」
 そういうと、手持ちのバッグからそっとアキナの通帳を取り出した。
 そこには近所のATMから大金が入金だれたという記載が何行も続いていた。元々名家の家だけれど、ここまでの額を短い周期で高校生が入れるにはあまりにも不自然すぎた。
「これ・・・!」
 何行にも続く入金の中で唯一引き出しが行われているところがあった。アキナが堕胎したと思われる時期に一度だけ、五十万近い金額が銀行の窓口で引き出されている。そしてその数日前には百万近い金額が名義人不明のまま振り込まれていた。
「二人はアキナとは仲良しだったでしょう? 何か心当たりはないかしら」
 すがるような瞳で私たちを見ているのが辛い。きっとこの百万は伊達がアキナの堕胎に使うために振り込んだお金で、それ以外の大量入金はきっと伊達の関わっている組織からの報酬に違いない。そう思っても、口には出せない。マドカと二人小さく首を横に振ることしか出来なかった。
「そう・・・」
 アキナのお母さんは肩を落とし、通帳をバッグへしまった。
「力になれなくてすみません」
「いいのよ、ごめんなさいね、へんなこと聞いちゃって」
「いいえ・・・。あの、私たちそろそろお邪魔します。突然伺ってすみませんでした。急にここに来たくなってしまって・・・」
「そう、いつでも来て頂戴。きっとあの子も喜ぶと思うから」
 アキナのお母さんはそういってそっと微笑む。
 私は思わず泣き出しそうになるのを必死でこらえた。


 玄関のパティオでは家政婦の豊野さんがちょうど水をやっているところだった。たくさんの水を浴びてキラキラと輝く花たちは今も大切に育てられているのがよくわかる。
 マドカはパティオに近づくと真ん中の大きな木を見上げ、ハッと息をのんだ。
「カイリ、あれ・・・」
 マドカに倣って上を見上げると、大きく開いた緑のはっぱの隙間にアキナの部屋の採光窓が見えた。天井近くにあるアキナの部屋の採光窓。その桟にチラチラと何かが光って見えた。
「あの、おばさま、アキナの部屋に行ってもいいでしょうか!」
「え、ええ。いいわよ」
「ありがとうございます!」
 アキナのお母さんに急いで会釈をして私たちは階段を駆け上った。
 あれがまたアキナの残したメッセージだったとしたら・・・。そう考えるといても立ってもいられなかった。
 アキナの部屋のドアを開け、採光窓とパティオを結ぶ直線上に立って窓を見上げる。
「やっぱり・・・!」
 マドカと二人で椅子や机を積み上げて丸い採光窓の桟に手を伸ばす。手に触れた小さなその紙切れは丁寧に折りたたまれ、日に当たっていた部分だけが少しあせていた。
 ドキドキする胸を押さえ、ゆっくりとそれを開く。
「これ・・・・・・」
 そこには今までアキナが関わってきたのであろう“仕事”の日時と場所がびっしりと書く連ねられていた。
 
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