stray sheep

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第一章  「桜舞う恋のメインストリート」


「テッタいる!?」
 ッたくもう、この校舎ホント広すぎだよ! 保健室やら医務室やらあちこちにありすぎなんじゃ、ぼけぇっ! もう、ここにいなかったら承知しないんだから!
 ガララッ!
 勢いよく開けたドアの真向かいで、テッタが目をまん丸にしてこっちを向いた。
「あ。カイリさん」
 いた!
 つーか、何その服! 赤いスカートもボレロも泥だらけなじゃないの! ああっ、網込みまでぐしゃぐしゃだしっ! それに・・・テッタ、傷だらけだ・・・。
「だめだめ、動かない」
 テッタが、工業科の制服に身を包んだ女生徒にほっぺたを両手でつかまれて元の位置に正された。そしてそのまま顔や腕の擦り傷に消毒液を塗り込められている。うわ、痛そう。
「痛いよぅ」
「当たり前でしょ切れてるんだから。てかカイリもそこでボケッとしてないで手伝ってよ。あんたの犬でしょ」
「え・・・?」
 テッタが怪我してるってことで頭がいっぱいで、そこにいる女生徒にまで気が回らなかったけど、あれって。
「あ、マドカ」
 テッタと向き合い怪我の手当てをしている彼女は私が藤ノ宮に入学してからすぐに奇跡的な出会いの後仲良くなった工業科の、乾マドカだ。緑色のラインが入った工業科の制服はこの普通科では目立つはずなのに、声をかけられるまでまったく目に入ってなかった。何たる失態。
「俺犬より彼氏になりたい」
「・・・だってさ」
 う・・・。その仔犬の瞳は勘弁して欲しい。背中丸まってる分余計に響く。
「そんなことより、テッタ! 先輩にケンカ売るなんて何考えてるのよ! バカじゃないの?」
「ああ、ケンカじゃないよ。その辺はあたしが保証したげる」
 え? でもこんなに怪我してるじゃない。
「どういうこと?」
「いちお、正当防衛?」
 正当防衛? なにそれ。
 マドカが笑ってテッタの首筋を指差せば、テッタは慌ててそこに手を当てる。そうやって隠されれば余計、気になるじゃない。
「・・・ッ!」
「ああっ! だめっ、カイリさん!」
 へんな声出さないでよッ・・・って、これ・・・。
「キスマーク・・・?」
 顔を真っ赤にしてテッタがくるりと背を向ける。
「だからカイリさんに知られたくなかったんだ」
 ・・・・・・・・・え? 意味わかんない。
 つまり・・・なんですか?

  女顔のテッタに先輩が告白。
      ↓
 放課後テッタ(男)と先輩(男)が密会(テッタ曰く決闘)。
      ↓
 思い出せる先輩の言葉「ああいう男だと知っていたら」「危なかったよ」
      ↓
 そんでもって首にキスマーク・・・・・・・・・?
      ↓
 おまけに「私に知られたくなかった」。

 ・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って?

「あんたっ! 私を好きだとか言っときながら本当は男色家(ホモ)なの!?」
「ええっ!?」
 あまりの衝撃に目が回る。テッタとマドカと、その場に居合わせた保健医さえもがビクッてなった。ついでに保険医は持っていたコーヒーのカップを取り落としそうになる。
 というか、いるなら手当てしてやれよ、保健医。
「か、カイリさん。俺ノーマルですよぉ」
「だだだ、だって首に危なかった! 先輩が! 男で! あんたキス・・・」
「落ち着いてよ、カイリ。今説明するから」
 落ち着けって、どうやってやるのよ? だってテッタ首がキスで正当防衛が泥だらけなんだよ・・・・・・ッ!?
「はいはい。とりあえずコレもって」
 ピンセットが先輩で告白が編みこみ、ナニコレ。
「音羽君、あたしが説明してもいいよね」
 マドカに手をつかまれ、私は操り人形みたいにテッタの顔の消毒を再開する。
「音羽君は放課後、辻本先輩を普通科の講堂裏に呼び出しました。そして辻本先輩が現れ、音羽君は演劇部の練習に付き合って欲しいと頼みます。よってこの衣装、ね? そしてその練習中に堪え性のない先輩はついムラムラっときてしまいます」
 え?
「そしてあれよあれよという間に音羽君は人気のないあの場所で押し倒され、抵抗空しく首にこんなものを付けられます」
 マドカは事も無げに首周りを、ガッと開いた。そこには幾つもの痕。
やだ、見たくない。
 しっかりと見てしまってから、そのあとで思いっきり視線を外す。
「そして先輩は気づきます。いくら貧相な子だとしても、ここまでつるっぺたの胸はないだろうと」
 なにこれ、手首にも手の跡がくっきり残ってる・・・・・・。
「凄いでしょ。相当強い力で押さえられたんだよね。音羽君」
 いくら先輩でも、痕が残るまで強く握るって・・・・・・それじゃまるで強姦・・・・・・あ! そっか!

 『俺たち『ついにあいつが男にも手を出した!!』って盛り上がったんだよ』

先輩テッタが男だって知ってたんだ! だからわざとこんな事・・・・・・!
「あはは、俺もっと鍛えないとダメですよね。こんなんじゃカイリさん守れな・・・」
「バカじゃないの!?」
 あははって笑うテッタに腹が立つ。立ち上がったとき、すぐ脇にあった消毒の受け皿が落ちて派手な音が響いたけどそれどころじゃなかった。
「先輩、あんたが男だって判ってたんだよ?! あんた昼休みに先輩のクラスまで行ったんだってね、ジャージで! だけどその時クラスメイトにからかわれて・・・それで先輩テッタが男だって気づいたの! なのに、本当にバカだよッ、先輩女の子には甘いけど男には容赦ないって有名なんだからねッ!」
「落ち着きなって、カイリ」
 マドカがのんびり、床に散らばった銀色の受け皿や脱脂綿を丸めたやつを拾う。
「落ち着けるわけないよ! だって、こんな・・・手首に凄い痕つけられて! これで済んだからよかったけどもしもケンカになったりしたらって私・・・!」
「うわ〜カイリさんがこんなに心配してくれるなんて。俺、嬉しい。どうしよう」
 テッタはへら〜っと顔を緩ませる。
 あ〜、もう! 何でこんなに緊張感がないのよ! このバカは! バカすぎて泣けてくる。
「あのねぇっ? 先輩は言い寄ってきた『女の子』の期待に応えただけだっていくらでもいえるんだよ? その相手がたとえ男の子だったとしても、そんなの迫られるまで判らなかった、その気はないってはっきり言えばチャラにできちゃうだけのネットワークを持っているんだから!」
 汚名着せるどころか返り討ちじゃない。
「大丈夫だって。彼の名誉はあたしがちゃーんと守ってあげるから」
 そういうとマドカは皿をカウンターに置いて、ポケットから手のひらサイズのノートとデジカメを取り出した。実は彼女、藤ノ宮広報部という生徒会の特別新聞記者をしているのだ。そしてその実力とネットワークは校内でも三本指に入るという。確か一番は商業科の先輩だと前にマドカが言っていた。
「言ったじゃないですか、俺。これは決闘だって。相手がどう出るかを常に考えてなくちゃ、勝てないのですよ」
 ちっちっち、って指ワイパーで自信満々に言っているけど、テッタにそんな頭あるわけないじゃない。絶対マドカの入れ知恵だわ。
「健気じゃない? カイリの為に男らしくなるんだって協力の要請された時は、あたし嬉しかったんだよ」
 女装で男らしくなんて思える頭がわからない。
「わけわかんないよ」
「まあ、週明けの記事(トップニュース)を楽しみにしてて。それじゃあたし記事纏めるので忙しいから帰るね。アデュー」
「あっ、マドカ!」
 ガラガラと保健室のドアをスライドさせてマドカはヒラリと姿を消した。

「カイリさん、俺と付き合いましょうよ」
「は?」
 あ、やばい思わず睨んじゃった。
「俺のことこんなに心配してくれるってことは、両思い! ね? だから・・・」
「な、何言ってるのよ、そんなわけ・・・」
「この期に及んでそれはないですよ。どうでもいい奴の為に息切らせてまで探したりしないでしょ? 普通」
 テッタのくせに馴れ馴れしく手を取る。犬みたいな瞳に視線を捕らえられた。
「ふ、普通じゃなくて結構よ」
 私はただ。
「私の所為で先輩に何かあったら嫌だと思ったから来たの! 別にテッタのこと心配してたわけじゃ……」
「本当に・・・・・・? こんなに汗だくになって走ってきてくれたのは、本当に先輩のため?」
 やだ、テッタの手が顎のラインに伸びて首筋の髪を攫う。手のひらの体温はあったかいのに、なぜかすごくゾクッてした。
「や、だ・・・放して」
「だめだよ、カイリさん。そろそろ素直になって」
 懐っこい瞳に、凄い力。なんかドキドキして動けないし、鼻の奥がじわぁって。なに? 泣きそうってこと? 私。
「キスしていい?」
 やだよ。いいわけないじゃん。そう思うのにテッタが頬を包むのを拒めない。だからダメだってば。私が好きなのは辻本先輩。初めてのキスは辻本先輩が……ん? まてよ?




 [辻本先輩] + [テッタ] = ・・・・・・・・・・・・!!!!





「あんた先輩とキスしたの!?」
「ぅぇえっ?!」
 テッタがコントみたいにすっ転んだ。
「だだだ、だってあんたの首に・・・」
 そう、テッタの首周りには確かに先輩につけられたキスマークがある。ってことは口にした後首に移動したんだよね? でもあれ? 普通口の前に首に行く? いやいや、よくわかんないんだけど。でも、その可能性がないわけでもない。
 やだ〜〜〜〜っ、こんなやつに先越されるなんてありえないッ!
「か、カイリさん?」
「もうあんたとは口利かないからっ! ばかっ!!」
「ああっ、カイリさんッ!」
 超最悪。あんなやつのこと心配して走ってきて、私ホントばかだよ。よりによってテッタと先輩がキス? う〜〜〜わ〜〜〜〜〜っ、もう最悪だ〜〜〜ッ!












第一章「サクラ舞う恋のメインフィールド」おわり

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