stray sheep
第一章 「桜舞う恋のメインストリート」
早春の候、憧れの制服に身を包み、憧れの先輩の元へと駆けていく………。
勢いよく開け放ったドアの向こうで先輩は少し困った顔をして、私のおでこをツンって弾いた。
「困った子猫ちゃんだな。もう少し静かに開けないとみんなが驚いてしまうよ?」
優しくて大きな手。いつも穏やかな瞳に映るのは他でもない彼女である私。
そう……私は、夢を叶えた―――――――――。
なんてことはなくて!
私ってばいま真剣に参ってる!その原因は………。
「カイリさ――――――んっ!」
全国でも有名な巨大学都の中にある私立藤ノ宮学園。その普通科の青いラインが入った制服の、足やら腕やらの部分を思いっきり引きつらせて走ってくるこの男。音羽テッタ。
何故か藤ノ宮入学と共に私に猛烈アタックしてくる同級生で、毎日毎日遠くから走って寄ってきちゃー「付き合ってください」だの「好きです」だの言ってくる。もう季節は夏休み直前だって
言うのにこいつのせいで憧れの辻本先輩に近づく事が出来ないってーの!ウガァーーーーーッ!
……だって、先輩に誤解されたら困るじゃない?
「カイリさーん!おはようございます」
「………おはよ」
あんまり話し掛けないでよ。
「ところでカイリさん考えてくれました?俺のこと。俺本当にお買いよりですよ?」
毎日毎日飽きもせず…。てか「お買いより」ってなによ。
「私好きな人いるから」
「えー。そんな事わかってますよ。好きな人がいても、俺もカイリさんが好きなんです」
ね?わけわかんない人でしょ?
「だから、毎日言ってるけど、私あなたと付き合う気なんかないから」
いい加減諦めてよ。
「なんでですかぁ?好きな人って辻本先輩って人でしょう?あの人彼女いるじゃないですか」
んなこたぁ、わかってるわよ。あんたに言われるまでもなく、ね!
不機嫌な顔で睨んだのに、テッタのやつはまったく動じず。
「いいじゃないですかぁ。俺にしましょうよ。一寸の虫にも五里の魂ですよぉ」
………この人の頭でこの学園に入れたのが謎だわ。
まあ、この学園は殆どくるもの拒まずだから・・・。あ、別に不良少年OKとかじゃなくてね?たくさんある学科の中でも、特進クラスって言うのがあるし、その人たちは全体的に特別扱いされてるし、かといって頭の良し悪しだけで判断しないって言うところがこの学園のメリットだったりもするわけ。
つまり、「人様に迷惑をかけるような不良」はダメだけど、「学ぶ意志のある人」は拒まないってこと。
お金に物言わせてる生徒も中にはいるけど、その辺は仕方ないよね?私立だし。
そして、この音羽テッタも、右上がり企業の御曹司。頭の中身はカラカラ音がするみたいだけど、学ぶ意志が有って権力者の息子っていうのは結構でかい。
なんでもお父さんは大きなコンツェルンの末息子だったらしいんだけど、この学園でお母さんに出会って家を捨てるほどの大恋愛をしたんだって言ってた。(勿論テッタの垂れ流し情報ですが)
で、どうやらそれに影響されまくってるのがこの末っ子のテッタなわけで。
「なんで私なのよ」
思わず声に出てしまった。
あーあ。このあとのテッタの顔が目を瞑ってても手にとるように判るわ。
「まさに!一目ぼれですっ!」
だから、仔犬の様な純真無垢な瞳でこっち見ないでよ。
「あの雨の日に捨てられた仔犬を抱えて連れ帰った姿を見たとき、俺の恋人になって欲しいと思いましたッ!」
キラキラと輝く瞳でカイリの手を両手で握る。
ひえぇ。それ何回も聞いたから!
「俺 犬とか猫とか大好きなんだけど、父さんも母さんも最期のときが辛いからって一度も飼ったことがなくて、俺、あの子助けてあげられなかった。だけどカイリさんはもごもご……」
「わかった、わかったから大声で叫ぶのはよして。恥ずかしいでしょ」
そろそろ辻本先輩が登校する時間。こんな恥ずかしいトコみられたくないよ。
「おはよう、安倍さん」
きゃぁぁ、言ってるそばから…。
「お、おはっ、おはようございますっ!」
「今日も元気だね」
ああ。なんて麗しいの。先輩の制服姿。
きっと学校が終わってうちに帰ったらすぐにハンガーにかけて皺を伸ばしているのね。濃い青に薄い白ラインのブレザーがテッタのシワシワとはちがいます。
ああ、後ろ姿もなんて麗しいの…。
「カイリさん?おーい。視点が異世界へ行ってますよ〜?」
この際テッタのことは忘れよう。うん、それがいい。
「あっ、カイリさーんまってくださいよー」
こいつにいつまでも付き合っていられないってーの。
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