stray sheep

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第一章  「桜舞う恋のメインストリート」

 教室のドアを抜けて自分の席に着いてピンクの分厚い手帳を取り出した。この手帳は女の子の友情と情報とよく知らない人のプリクラが詰まってる、言わば女の子の命。そしてその手帳の大部分を占めているのが写真部による辻本先輩の隠し撮り写真(一枚200円という裏家業)な訳で。
「カイリさん、俺と付き合いましょうってば」
ガタガタ。
 ああ。先輩なんてステキな笑顔なの。ファンがたくさんいて当然だよね。
 ガタガタ。
「カイリさんてばぁ」
 ガタガタ、ガタガタ。
 先輩の誕生日なにあげようかなぁ。バスケ部の人にスポーツタオルなんて定番すぎかなぁ?
 ガタガタガタガタ。
「カイリさーん?」
 ガタガタガタガタ、ガタガタ。
 やっと名前覚えてもらえたんだもん。頑張ってアピール続けなきゃ!
 ガタガタガタガタ。ガタガタガタガタガタ……。
「ねぇねぇ。俺と楽しいお付き合いしましょうよ〜カイリさんて…ば」
「あー、もうっ!机ガタガタさせないでよ!」
 揺さぶられた机にバンッって手を叩きつけてテッタを睨みつけた。
折角先輩の事思って幸せ気分だってのにィっ!
「あ!そうだ。俺携帯換えたんですよ!」
こっちは手がジンジンして痛いのに、当のテッタはまったく気にする様子もなし。それどころか妄想の世界から帰還したカイリを前に、目を輝かせて犬ッころみたいにしっぽ振って話を続ける。
 はぁあー。牛乳牛乳。買っといてよかったわ。
 カイリはごそごそとバックからイチゴミルクのパックを取り出した。プチっとストローの袋を破って銀に差し込む。
 あー。おいしぃ。
「みてみてー!」
 テッタは満面の笑みで制服のポケットから真新しいコバルトブルーの携帯を取り出すと、カイリに向かって突き出した。そして。
「ほら、携帯の番号とかの交換がスムーズになる、遠赤外線つき!」
「ごふっ!」
「か、カイリさん?どうしました?!イチゴミルク出てきたけどっ!」
 え、遠赤外線て…。
「大丈夫?ハイ、ハンカチ」
 心配そうに小首を傾げた仔犬の顔。
「……ねぇ、まさかとは思うけど、それ通信機能のこと?」
「そうだよ!」
 うわ、どうしよう。この人本当に素なんだ。これは、教えるべき?
 なんとなく周りを見回してみると、クラス中の人たちが憐れんだ目で見ていた。
「「「「「「「「「「おしえてやれ」」」」」」」」」」
 あれ?幻聴が聞こえる。
 皆が使えるはずもないテレパシーで思念を送ってきているような錯覚。
「「「「「「「「「「飼い主はおまえだろう」」」」」」」」」」
 あれれ?やっぱり視線と共に幻聴が聞こえる。
 ってか、何で私がッ。
 そう思っても、テッタがなつく(?)のがカイリ一人なんだからしかたない。
「ね、ねえテッタ?それって赤外線のことだよね?」
「遠赤外線でしょ?」
「………それは暖かくなるやつ」
「ええーーーっ、俺ずっと遠赤外線だと思ってた!お店の人にも思いっきり「遠赤外線の使えるやつください」って言っちゃったよ!」
 携帯は懐炉じゃねぇっ。
「だからあの人笑い堪えたような顔してたんだ!そうだ、そうだよね!だってそういえば遠赤外線靴下とかあるもんね!うちのじいちゃんが履いてるよぉ!あー。もうどうしよう。俺すっごく恥ずかしいッ。カイリさん、教えてくれてありがとうっ!やっぱりカイリさん大好きだっ!」
「ってきゃー、ちょっと抱きつかないでっ!皆も見てないで助けてよッ!」
 犬ッころに抱きつかれてこっちはかなり迷惑してるっていうのに、クラスの皆は無情にも鳴り響くチャイムの奴隷だ。
 もうっ、薄情者達めッ!
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