stray sheep

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第三章 「フレーム・イン・ザ・ダークネス」

「これが正常なんだぜ?」
「っ!」
 言われたと同時に掴まれた腕がすごくいたい。思わず苦痛で顔が歪む。
「いた、い。放してください」
「だまってろ」
 イラついた目で見られ、また金縛りにあったみたいに動けなくなる。伊達の胸元に見え隠れするジャックナイフがあやしく光る。
だんだんと視界がぼやけてきた。やだ、怖いよ。テッタ、助けて。
 グイッと引っ張りあげられて目を瞑った次の瞬間、何かの衝撃音と一緒に掴まれた腕が強い力で引っ張られて、開放された。
 なに?
「カイリさんを泣かせるな。たとえそれがまー君でも、俺は絶対に許さない」
「・・・・・・・・・て・・・・・・った?」
 視界はぼやけていたけれど、それでも守るように傍に立つその人は間違いなくテッタだった。
「ごめん、カイリさん。俺がちゃんと話すから」
 テッタが振り返り手を差し出す。暖かいその手に触れると、すごくホッとした。けれど立ち上がった次の瞬間、テッタの背後に激情した伊達の姿が映った。
「テッタ危ないっ!」
「!」
 振り返ったテッタのすぐ側を伊達のナイフが掠る。
「邪魔すんじゃねぇよ! クソがぁぁ!」
 どこかが切れてしまったかのように、伊達は変貌していた。興奮し、肩を上下させながら吐く息は荒い。カフェテリアで見た優雅な紳士の表情は、欠片もなかった。
「ぅあぁあああああああああっ!」
「きゃぁっ!」
「カイリさん!」
ギリギリで躱したナイフが目の前で光る。
銀色の閃光は不気味な色を放ちながら何度も何度も振り下ろされ、その度にもみ合いながらもテッタが必死に伊達を遠ざけようとしているのがわかる。
「カイリさ・・・ん、逃げて」
このままじゃテッタが殺される。
そう思ったら、もう無我夢中だった。手に触れるものを構わず伊達に向かって投げ続けた。
「ぅっ!」
運よくあたった友達の筆箱で伊達がひるんだその一瞬、テッタが伊達を蹴り飛ばし、私の手を掴んで教室を飛び出した。藤ノ宮のやけに長い廊下をテッタと二人、必死に走った。とにかく出口へ。そして早く安全な場所へ。
「ごめん、ごめんね。カイリさん」
 走りながらテッタが謝るけれど、頭の中はひどく混乱していて、何について謝られているのかがまったく判らなかった。








 夜中、というよりも明け方に近い時間、どこかで携帯が鳴った。
 あんな現実離れした事件があって、眠れなかったはずなのに、いつの間にか寝入ってしまっていたようだった。もぞもぞと手を伸ばし青いイルミネーションのついた携帯を確認して開く。
 だれだろう。・・・・・・・・・あ、テッタだ。
 そこには、絵文字ひとつない文章が綴られていた。


―――カイリさん。今までいろいろと迷惑かけてごめん。俺が知っていること、カイリさんが忘れていること、明日ちゃんと話すよ。今まで、ごめん―――


 私が忘れていること・・・・・・・・・。
 眠気はあっという間に消え去り、言いようのない不安が急に胸にこみ上げてきた。薄暗い部屋の本棚にそっと隠した黒い表紙のアルバムが頭を過ぎる。
 なんだか、怖い。
 私の過去に何があるの?
 テッタはなにを知っているの?
 思い出せる記憶は中学の後半。試験勉強に追われながら、それでも藤ノ宮を目指した自分。両親が止めるのも振り切って目指した藤ノ宮。―――でも、なぜ藤ノ宮だったんだろう。特別な学科じゃない、ただの普通科なのに・・・・・・・・・?
「ぅあッ!」
 その瞬間、ピキィっと金属音のような響きが激痛を伴って、激しく頭の中を走った。目を瞑ることさえ出来ない衝撃に息が止まる。そして一瞬、本当に一瞬だけ何かがフラッシュバックした。留めておくことが出来ない状況で見たのは見知らぬ男の子の笑顔だった。
 あのこは、だれ・・・・・・?
 見覚えがあるといえばある気がする。けれど他の記憶がどれも曖昧で、本当に自分の辿ってきた人生の記憶なのかに自信が持てない。どれも実感が湧かない。
 ようやく落ち着いた呼吸の中でもう一度記憶を手繰り寄せようとしたが、頭の中に靄がかかったようになってしまう。
「これ以上は無理なんだ」
 ごく普通の生活をしているはずの私に、こんなことが起きるなんて思いもしなかった。
 偽りの両親、封じられた記憶、伊達という男の存在、アキナの死。すべてを結ぶのは間違っているかもしれない。だけど繋がっているような気がしてならない。
 明日、その謎が解けるんだ・・・・・・。
「アキナ。どうして死んじゃったの?」
壁のコルクボードに貼り付けた写真のアキナは何も答えてくれなかった。


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