stray sheep

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第三章


 思わぬところで繋がった伊達との接点。なくした記憶の中で、私たちはどんな顔で笑っていたの? そう思うと胸が苦しくなった。思い出せたらいいのに・・・・・・。知らないうちに呟いた言葉に、テッタが強く手を握り締めた。
「テッタ?」
「記憶を、取り戻す方法はあるよ」
「え?」
「でも思い出すのが正しいのかはわからない」
「どういう、こと?」
 繋いだ手は緩やかに解かれ、そのあとすぐにテッタの指が絡んで閉じる。こうして一緒に並んでベンチに座っているだけでもドキドキして仕方がなかったのに、直に触れられると体の心が熱くなるようだった。
「本当に思い出そうと決意したら、そのときに話すから」
「う、うん」
「今度はカイリさんが話す番だよ」
「え?」
 テッタがにっこりと笑いかけるけれど、私の番ってどういうこと?
「カイリさんとまー君が、なくした記憶意外に繋がっていること、ちゃんと話してほしいんだ。俺はなにがあってもカイリさんを護るよ」
 あ・・・・・・。
 アキナが関わっていた組織。そしてその組織に伊達が絡んでいるってこと、テッタに話してなかったんだ。
 あんなふうに襲い掛かられるまで、テッタの事を避けていたのだから当然の疑問だった。
「そう、だよね。ごめん、ちゃんと話すね」
「うん」
「私ね、アキナの自殺の真相が知りたいの」
「真相?」
 テッタが眉根を寄せて、首をかしげた。
「うん。アキナの部屋から私とマドカにあてた手紙が見つかったの。これなんだけど」
 そういって手紙をテッタに渡した。アキナが死んでからずっと、制服のうちポケットに忍ばせていた手紙。きれいな柔らかい文字で綴られた内容は、今ようやく紐解かれ始めている。たぶん、アキナが好きだったのは伊達。そして伊達が恋焦がれていたのは・・・・・・。
 考えたくなかった。大切な親友と、知らないうちに三角関係になっていて、感情の糸が絡まり始めていたことにまったく気付かず、きっとアキナを苦しめていたんだ。
「小崎さんの好きな人が、もしかして?」
「うん。伊達さんなんだと思う」
「そう、なんだ・・・・・・。でも、これだったら、小崎さんが命を絶ったのは失恋のせいだったんじゃないのかな?」
 確かに、これだけではただの傷心による自殺にしか見えない。だけど、昨日の伊達の態度と渡辺先輩から聞いた情報を重ねあわせれば、アキナが死んだのはもっと黒い闇の部分が絡んでいるような気がしてくるのは当然で。

「アキナ、伊達さんと組んで何か悪いことをしていたみたいなの」
「え?」
 テッタが驚くのも無理ないことだよね。
「私もまだ信じられない。でも、商業科の渡辺先輩が教えてくれたのよ。アキナは別の顔を持っているって・・・・・・。そして、アキナの背後には伊達さんの存在が強く反映しているって・・・・・・」
「どういうこと? カイリさん」
「アキナは密偵としていろんな企業から情報を得ていたんだって。そしてそれを指示していたのがブロンドザウルスって言う暗躍組織で、直接アキナと接触していたのは伊達さんだって話・・・・・・」
 つまりは伊達がブロンドザウルスの一員であるということだ。
 テッタの口はだらしなく開いていた。でもテッタがそうなるのも痛いほどよく判る。私だってアキナがスパイなんて想像もできない。あんなにふわふわした穏やかな女の子が危険な端を渡るなんて。
「だからね、もしかしたら・・・・・・、も、もしかしたらよ? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・アキナ、殺されたんじゃないのかな?」
「えっ?」
「直接誰かに殺された、とかじゃなくて、そういう裏の世界で良心の呵責に苛まれて・・・」
 唇を噛む私の頬に、テッタの掌が触れた。
「きゃっ?!」
 な、なにするのよ! びっくりするじゃない!
 思わずビクンと跳ね上がった心臓が早鐘を打つ。けれどテッタの瞳は熱っぽいものじゃなかった。それどころからしくない真顔で首を振る。


「カイリさん、もう止めてください。調べるの」
「え・・・・・・?」
 ・・・・・・・・・どういうこと?
「だって危ないじゃないですか。なんですか、暗躍組織って。まるきり犯罪じゃないですか! そういうのは警察に任せるべき問題です! カイリさんまで危険なことに首を突っ込むことないでしょう?」
「そ、そんな言い方やめてよ! これが私にできる唯一のことなんだよ!?」
「なにが『唯一の』ですか! ダメですよ! 一介の女子高生になにが出来るっていうんですか!」

 テッタが声を荒げた。その表情から、心配してくれてるのがわかる。判るけど、私のことも判ってほしい。

「なにが出来るかなんて、やってみなくちゃわからないじゃない」
 もう居ないアキナからの、最後のメッセージ。それを理解してあげることを辞めてしまったら、私は・・・・・・、私はアキナのために何もしてあげられなくなってしまうじゃない。
「必ず紐解くと決めたのよ。これだけはたとえテッタがなんといってもやめたりしない」




 私の決意は、時間をかけてテッタの心にたどり着いた。
「・・・・・・・・・・・・ふう。まったく、俺の負けですね」
「テッタ?」
「協力しますよ。俺がどれだけ力になれるかは判らないけど、少なくともカイリさん、あなたのことは命がけで守り通します。だから絶対、独りで進まないでください」
「ありがとう、テッタ」
 テッタの言葉がとても心強く思えた。本当は独りで立っているのは怖かったんだ。テッタが力になってくれるなら、きっと答えを見つけ出せるよ。
 テッタはふいに俯いて頭を掻いた。
「あーあ。カイリさんは本当に可愛くて仕方がないですね。その笑顔、反則ですよ」


 テッタはそういって、にっこりと微笑んでくれた。
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