stray sheep

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第四章 「フラッシュバック・デイズ」


「カイリ、あんた今までなにしてたの?」
 電話口でマドカが怒鳴った。まあ、ここ数日間マドカからの電話に対応しなかったのだから、怒られて当然と言えば当然だった。考えることが多すぎて、相談しようにもどこから話していいのかわからなかった。
「ご、ごめんね、マドカ」
「ごめんで済んだら警察要らないって言葉知ってるよねぇ?」
「ご、ごめんなさい・・・・・・」
 電話の向こうからマドカのため息が聞こえた。
 ああ、怒ってるときのマドカってすぐに目に浮かぶんだけど・・・・・・。
「まあ許してあげるけどさ、あんまり心配かけないでよね? あんたアキナの事調べるって走り回ってたみたいだけど、必要な情報は集まったの?」
「あ、あのね? マドカ・・・・・・商業科の渡辺先輩ってわかる? 三年生なんだけど」
「判るも何も超有名。情報屋としての収集能力が半端なくて、藤ノ宮の全生徒のプロフ把握してるって噂の超人だよ」
 そんなにすごい人だったんだ・・・・・・。通りで私の事もいきなり名前で呼べたんだ。
「で、その渡辺先輩がどうしたの?」
「う、うん。あの、ね?」
 どうしよう、マドカ相手でもやっぱり言いにくいよね。アキナが悪い組織と繋がっている、なんていうのは。
「あの、ね?」
「うん、なに?」
 迷っていると、電話口のマドカの声がどんどん苛立ってくるのがわかる。自分でも信じられなかったアキナの裏の顔。だけど、マドカは協力してくれると言ってくれたんだもん。ここはやっぱり、信じなきゃ。


「渡辺先輩の情報によるとね? アキナ、悪い組織と繋がっていたみたいなの」
「え? なに、その悪い組織って中途半端な」
「詳しいことは判らない。渡辺先輩はその組織のことを調べているみたいだったけど、その組織については詮索しないって言う条件でアキナのことを教えてもらったのよ。アキナ、その組織で内偵をしていたみたいなの」
「な、内偵?」
 信じられなくても当然だよね。私だってすぐには信じられなかったもん。
「それでね、アキナの後ろにある人物が居るんだけど、中等部のカフェテリアに・・・・・・・・・伊達、さんって言う人が、いるんだけど、ね。その人がアキナに指示を出していた人みたいで・・・・・・・・・」
 伊達の名前を言うだけなのに、おかしいな。妙に体が緊張する。
「その証拠写真も見せてもらったんだけど」
「何ですぐあたしに話してくれないの!? アキナの残した真実を知りたいって思ってるのはカイリだけじゃないんだよ?」
「ご、ごめん」
「ごめんで済んだら・・・・・・!」
 受話器の向こうで叫ぶマドカに、ハッとした。そうだ、アキナを亡くして辛いと思っているのは私だけじゃないのに。
「ご、ごめん。本当に、ごめんね? マドカ」
「・・・・・・・・・・・・・・・いいよ。もう。・・・・・・・・・・・・それで? 続きは?」
「あ、う、うん。続きを話す前に、マドカに聞いてもらいたいことがあるの」
「なに?」


「実はね、私、中学の前半までの記憶がすごく曖昧なの。ううん、曖昧って言うんじゃなくて――――記憶が、ないんだ」
「え?」
 音羽の手によって封じられた記憶。自分のものじゃないけれど、テッタが教えてくれたことはきっと真実なんだと思う。
「あのね、ここからはテッタが教えてくれたことなんだけどね・・・・・・。私とテッタ、イトコだったの」
「っええっ!?」
 受話器の向こうから聞こえるマドカの声はそうとうなものだけど、仕方ない。私だってそれくらい驚いたことなんだから。
「それでね、私の本当の両親は私が小学生の頃に事故でなくなったんだって・・・・・・。今の両親は叔母さんだったの。って、ちょっとすぐには信じらんないよね? あたしだって何の準備もなしに言われたら信じてなかったと思う。でも、これは本当のことだったの」
「どういうこと?」
「お父さんの書斎の床下に、本当の両親の遺品として私の小さい頃のアルバムが保管されていてね、そこに、今の両親を妹だってかいたコメントがあったんだ。もうこれは信じるしかないじゃない? それに、そういわれてみれば私自身小さい頃の思い出が何も思い出せなくて、でも思い出せないことに疑問も浮かばなくて・・・・・・・・・。まさかそれが人の手で故意にふさがれた記憶だなんて知りもしなかった」
「ちょ、どういうこと? 意味がわかんないよ。カイリの両親が事故で亡くなって、カイリの記憶が人の手で塞がれてってっさ、一体誰が何のためにそんなことするのよ」


 マドカが疑問に思うのも判る。私だって調べたことを纏めるのに時間がかかったんだもん。私の記憶を塞ぐことになんのメリットがあるというのか。両親を一気に亡くしたことにショックを受けないようにと取り計らった、大人の配慮なのかもしれないと言う結論に達するまで眠れなかったんだから・・・・・・。
「私の記憶を封じたのはテッタのお父さんたちなんだって、テッタが言ってた。たぶん、取り残された私がおかしならないようにするためだったんだと思う。それでね、話が戻るんだけど、アキナが手紙に残した想い人って言うのが伊達・・・・・・さんだったんだと思う。・・・・・・・・・・・・・・・そして、伊達さんの想い人は・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「どうしたの? カイリ?」

「・・・・・・・・・・・・私、なんだと思う」
「え?」


 アキナは知っていた。幼い約束を信じて想い続けた伊達の相手が私であることを・・・・・・。だから最後の手紙にこんな謎賭けみたいなことをしたんだと思う。
「テッタと伊達さんと私、幼馴染みたいなものだったんだって・・・・・・。それで、私と伊達さんは・・・・・・・・・」
「そう、だったんだ・・・・・・。でも、先輩からの情報に拠ればその伊達って言う人はアキナに内偵やらせるようなやつなんでしょう?」
「う、うん」
「じゃあ、アキナを殺したのは伊達ってことだよね?」
 ――――殺す。そんな具体的な言葉を聞いて、あの日の狂気に満ちた瞳を思い出してしまった。あんな恐怖を味わったのは初めてだった。
「わかった。それじゃああたしももうちょっと伊達について探ってみるよ」
「だ、だめだよっ!」
「大丈夫だよ。無茶はしないし、復讐が目的じゃないから」
「で、でも・・・!」
 渡辺先輩も言っていた。


 ―――君たちが敵う相手じゃない。


「マドカ、危険だからやめて。あの人まともじゃないんだよ! この間私たち襲われて本当に殺されるかと思ったんだから」
 襲われた、その言葉に一瞬マドカは躊躇ったが、やっぱりそれでもきっぱりと言い放った。
「でもあたしもこの目で見ておきたいよ。アキナを追い詰めて殺した男がどんなヤツなのか」
「だけど!」
「カイリ、本当に無茶はしない。遠巻きに見るだけを守るから。心配しないで」
「マドカ・・・!」
 そういってマドカは電話を切ってしまった。言いようのない不安が胸に澱む。マドカ、お願いだから、本当に無茶はしないで。















 翌日も、テッタが家まで迎えに来てからの登校になった。両親はテッタの顔を見るなり表情を強張らせたけれど、取り繕うように微笑んで送り出してくれた。そりゃそうか、今まで苦労して隠し続けてきたんだもん。テッタの前で動揺なんか出来ないってわけね。バレてるけどさ。
「俺、嫌われてますね」
「そ、そんなわけじゃ」
「クス。判ってますよ。カイリさんのご両親もカイリさんが大事なだけなんですよね」
「・・・・・・・・・」
 そんな風に微笑まれたら何も言ってあげられないじゃない。
 テッタと同じ速度で藤ノ宮へ向かうのはなんだか恥ずかしい感じがした。だって今まで正門で待ち伏せされて公衆の面前で毎日告白されて断り続けてきたと言うのに、一緒に登校だなんて、恥ずかしすぎる。
 でも、伊達がどこで待ち伏せているかわからない以上テッタの送り迎えを断ることは出来ない。嬉恥ずかしと同様に不安と恐怖が入り混じって、なんだか気分が悪い。




「あれ? おはよう、安倍さん。捜査は順調かい?」
「あ、辻本先輩・・・・・・おはようございます」
 久しぶりに見る辻本先輩はいつもと同じ笑顔を向けた。そういえば最近ファンクラブの人数が増えたと聞いた様な気がする。アキナの死を然程(さほど)心に留めてくれなかったこの人の、私はどこが好きだったんだろう。
「あれからいろいろ思い返してみたんだけどさ、アキナちゃんって夕方は電話しても絶対に出てくれなかったんだよね。それにさ、どんな話題にも付いてきてくれていい子だなって思ってたけど、今思えばそれが不思議な気がするんだよ」
 渡辺先輩が見せてくれた写真の中には七変化を遂げたアキナの姿があった。あらゆるシュチュエーションに対応できるほど、アキナの内偵としてのスキルは高かったのかもしれない。
「だって、本当にいろんな話したんだよ? 俺。今まで付き合った女の子たちから聞いた話をいろいろ話したのに、どの話題にも完璧についてきてさ、なんか、ちょっと普通と違う気がしたよ。そうだ、一番彼女が興味を持った話があってさ」
「な、なんですか?」
 アキナが興味を持った話。それがすごく気になった。
「その話、後でゆっくり二人だけのときに話そうか」
「え、あ、あの」
 辻本先輩が私の肩に手を置いた瞬間、それをすばやく振り払ったのはテッタだった。
「俺の彼女に気安く触らないでください」
「かの、じょ? 安倍さん気は確かなのかい? こんな女みたいな・・・・・・」
 辻本先輩の目が点のようになっている。当然と言えば当然か。あれだけ嫌がる私を見てきたんだもん。だけど、テッタは辻本先輩に蔑まれるような男じゃない。
「テッタは女みたいじゃないです。ちゃんと男の人です。先輩」
「カイリさぁんっ」
 テッタがまた犬みたいな目でこっちを見る。せっかくテッタは男の人だって言ったのに、これじゃあ男の子ですって表現のほうが正しかったみたいになっちゃうじゃない。
「じゃ、じゃあもしかして彼女って言うのは・・・・・・」
「・・・・・・ほんとう、です」
 テッタの目がどんどんキラキラしていくのが見えたけど、そこは後悔しない。だってテッタはずっと私の事見ててくれたんだもん。今度は私がしっかりしなくちゃ。
「そうなんだ・・・・・・いやぁ、ごめんね? なんだか意外でさ。安倍さん趣味変わったんだね。安倍さんならもっといい男が合うと思うんだけどな、たとえば―――」
「それで先輩。小崎さんの話なんですけど。なんなんですか? 小崎さんが興味を持った話があったって」
 どう言い返そうか迷う私の口が開くより早く、テッタが話を元に戻した。そうよ。今は辻本先輩の軽口に付き合ってる場合じゃない。辻本先輩は一瞬厭そうな顔をしたけれど、それでもきちんと話をしてくれたからよかった。


「君の話だよ。最近いつも以上に安倍さんに張り付いてる君の、御家事情についての噂話をちょっと話したらさ、小崎さん詳しく知りたいって乗ってきたんだよね」
「御家事情?」
 思わず聞き返しちゃった。
「俺の家の・・・・・・?」
 考えるように眉根にしわを寄せるテッタの表情は脳内でデータの照合でもしているかのように見えた。その姿見はちょっとかっこよく見えたけど、元々壊れ気味の脳内パソコンがどれだけ機能しているのか不安が残る。
「音羽財閥総帥の闘病生活の真相と、その正当なる後継者を決定するために血縁関係をすべて洗い出し、事を有利に運ぶための右大臣左大臣戦争が勃発しているって噂だよ」
 さらっと言い流す辻本先輩だったけど、ちょっと聞いただけじゃ意味がわからなかった。だって、確かテッタの家族は現総帥のお父さんとお母さん、それに少し日焼けしてるお姉さん、まだ小学生の妹の五人家族のはず。それでお父さんが病気で後継者が・・・・・・って、そんなにアブナイ状況だって言うことなの?!
 私は思わずテッタをみた。
「やだな、カイリさんまでそんな目で見ないでくださいよ。父はまだ元気ですから。その話もゴルフ行って腰が痛いとか言って役員を困らせただけですよ。父の口癖です」
 そう言ってテッタが困ったように笑う。それなら別にいいけど。
「そーなんだ? この噂藤ノ宮特報部が取り上げる予定だったみたいだから、信憑性が高いって思ってたよ。ちがうんだね、ごめんごめん。あ〜、でも小崎さんはこの話真剣に聞いてたんだよ」
「そうなんですか、もうじきチャイムがなりますね。先輩もういいですよ。どうもありがとうございました」
「え? あ、ちょ」
 テッタはニコニコ笑いながら辻本先輩を校舎へと押し込んだ。そして振り返り、私の手を掴んで二年生用の下駄箱へと階段を上がっていった。
「カイリさん、放課後、乾さんを含めて作戦会議です」
「え?」
 手をつないだまま前を行くテッタの、微かに見える横顔が、どこか緊張しているように見えた。

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