stray sheep
第一章 「桜舞う恋のメインストリート」
何かが、おかしい。
「おーいカイリさーん♪」
毎朝毎朝繰り返される待ち伏せ攻撃。
それが。
「おっはよーうごさいまーっす♪」
おかしい。
っていうか、昨日から私本当におかしいよ。
辻本先輩が登校する時間より五三分も早いのに、テッタがいる。隣に。
「……おはょ」
だって、辻本先輩と(というより先輩を眺めて)登校することを諦めてまで早くきたのはテッタに会いたくなかったからだよ?なのに、なんでいるのよ。
「カイリさん今日は早かったんだね。ねね、あの仔犬元気にしてる?」
まるで衛星のようにくるくる纏わりつきながら、テッタは変わらない態度でそこにいる。
なによ。しっかりしなさいよ。私。相手はテッタなんだから。スーパーで生揚げをなまはげとか言ってるようなおバカさんなのよ?
「元気にしてるわ」
「よかったぁ。ところで名前、何にしたの?」
「え?!」
「カイリさん全然教えてくれないんだもん」
「えっと…」
言えるわけない。あの仔の名前は「オト」。音羽テッタの、「オト」。だって名前決める前にテッタが寄ってきて仔犬の事を根掘り葉掘り聞くもんだから、家に帰ってすぐにあの仔に彼の名前を付けたんだ。同じくらいよく騒ぐって意味で。だけど昨日はぜんぜん呼んであげられなかった。
「ねね、そろそろ教えてくれてもいいよねー?あ!ここまで隠すってことは………!もしかして俺のなまぇ……」
「コウキっ!」
キラキラした目を見た瞬間、先輩の名前を呼んでいた。
「がくぅ。それって辻本先輩の名前だー」
思い直してそう呼んだこともあるけど、まるで反応しなかったのがオチ。
「俺の名前付けてくださいよー。いつでもカイリさんの傍にいられるように」
いつでも、傍に…?
「むむむ、むり!」
テッタのニコ顔がオトにくっついた。その瞬間両手で大きくバツを作ってテッタにぶつけた。
「ちえっ。家でもカイリさんを独り占めできるのは先輩なんだね」
「そ、そうよっ。間違ってもあんたの名前なんて付けないんだからっ」
テッタが家でも傍にいる?そう思ったとたん、豊かな妄想力がいろんなビジョンを脳裏に映した。
「む、むりっ!」
自分でも信じられないくらいテッタを意識しているのがわかる。湯気でも出たんじゃないかってくらい顔が熱くなった。
だっ、だから相手はテッタなんだってば。見た目女の子みたいでふわふわしてて、いまどきmp3すら知らなくて、私なんかよりきっと手先が器用でお料理とか好きそうだもん。
そうだよ。私なんかよりもユリちゃんのほうがきっとお似合い。
去年までは同じクラスにいた早瀬ユリちゃん。今は特進クラスに行っちゃって顔を合わすことも少なくなったけど、すごくふんわりした子。あの子だったら、きっと二人で並んでても違和感なんてないだろうな。
それに引き換え私とテッタの組み合わせは、軽くSとMっぽい。
だから一部ではテッタ好きの子達に嫌われてるんだよね、私。
「カイリさん?そこまで否定しなくってもいいじゃないですか。俺にも夢、見させてくださいよ」
「あんたにはユリちゃんのほうがお似あいだと思うんだけど」
「ユリちゃん?なんで?俺がすきなのは」
「ストップ。言わないで」
折角下がった熱をまたあげられてたまるか。
だいたいね、好きって言われて嫌な気持ちになるわけないじゃない。
「あれー?おはよう」
聞き覚えのある声に振り向くと、正門の近くに辻本先輩の姿があった。
「せ、先輩っ」
「おはよう。安倍さん」
「お、おはようございますっ」
辻本先輩は相変わらずのスマイルを振りまきながら真っ直ぐこちらへ歩いてきた。そして、男物の制服を着たテッタをみて………素通りした。
あれ?
テッタと二人目を見合わせた。
「もしかして、昨日のがテッタだってことに気づいてない?」
「うん。そうみたい」
かなり古い言葉を使えば、先輩はプレイボーイというやつで、基本、女の子にしか興味がない。だから制服姿のテッタをみても無反応だったのかもしれない。でもそれって。
「その程度なんだよ。あいつにとっての『女の子』っていうのはさ」
「まあ、テッタは元々男の子だしね。それに見つからなくってよかったじゃない。先輩のファンクラブの人に昨日の一件知られたら大変な目にあうんだから」
学校に絶対一人は居る遊び人系の人。それが辻本コウキ先輩。噂では大学生の女の人と暮らしているとか、この学園の新任教師水葵ちゃん二五歳と付き合ってるとか、デートは順番待ちとかいろいろある。
まあ、デートが順番待ちって言うのは本当なんだけど。
「それでもカイリさんはあいつが好きなんでしょ?俺わかんないな」
「いいよ。わかんなくって。てか、わかられたら私たちライバルでしょ」
「……」
女の子に囲まれながら校舎へ消えていく先輩を眺めて、あの輪の中にいつか自分も入るのだろうかと思うと、なんか違う気がする。
「カイリさん、行こう。そろそろ予鈴が鳴るよ」
テッタに手を引かれてようやく、自分が噴水に囲まれた時計塔の前でボケっとしていた事に気がついた。
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