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第四章 「フラッシュバック・デイズ」


 放課後、テッタは予告どおり作戦会議をするといって商業科のマドカを呼び出していた。用件はやはり噂の出所を調査すること。ここはマドカの情報収集能力が必要だと判断したからなのかもしれない。
マドカは合流早々に、観察した伊達について『チャラい感じで一番嫌いなタイプ』だと吐き捨てていた。
「いいですか? 乾さんは、さっき俺が話したとおり、藤ノ宮特報部が集めたという情報を徹底的に調べてください。俺は家の中を調べます」
「わかったわ」
 マドカとテッタが握った拳を打ち付けて契約を交わす。でも、まだ引っかかることがある。渡辺先輩が話していた、アキナの裏の顔のこと。確かアキナは悪い組織と繋がっていて、伊達の手足となって情報収集をしていたと言っていたはず。そこに絡んできたテッタの家のこと。ううん、テッタだけじゃない。もしかしたら私だって関わっているのかもしれないんだ。
「ね、ねえテッタ?」
「ん? なぁに? カイリさん」
「テッタの家の噂って、どんなものなの?」
「え? さっき辻本先輩が言っていたことだよ? 俺の家の跡取りがどうのこうのとか」
 ちがう。それだけじゃないはず。
 直感的に思ったことは絶対間違いじゃない。
「わかんないよ。でもそれ以外に何かある気がして仕方ないのよ」
 テッタが押し黙った。やっぱり、何かある。
「教えて、テッタ。もしかして私の記憶が抜け落ちていることと何か関係がある?」
「カイリの記憶が今回のことに絡んでいるってこと?」
 マドカが興味深そうに覗き込む。
 お家騒動に記憶喪失にスパイ活動のアキナ。そしてその裏の大きな組織。
 アキナの死の真相を知りたいと思ったことから、いつの間にか抜けられない迷路にはまり込んでいるような気がしてきた。
 実際、テッタも少し俯いて考えてる様子だし。
「カイリさんの記憶の中にヒントはあるかもしれない。だけど出来ればそれに頼らないで解決しよう。俺たちにはそれが出来るはずだから」
「テッタ・・・・・・」
 テッタが久しぶりにニコッと笑った。
 あ、なんだか、落ち着く。
「テッタ、マドカ。無茶はしないでね?」
「大丈夫だって。アキナのコト、ちゃんと見届けよう」
 それから私たちは集めた情報を纏めていった。





マドカが集めてくれた内部調査の報告はこうだった。





■『音羽財閥の現総帥の闘病生活についてと後継者争いの現状』というタイトルで取り上げられる予定だったネタは、新聞部に【藤ノ宮特報部】から送られた特ダネという扱いだった。投稿者が特報部では裏を取る必要がなく、そのまま載せるはずだったが、特報部リーダーで現生徒会副会長から調査中という緘口令が出されストップを掛けられているという。
 内容としては、

 音羽財閥総帥が末期の癌で現在闘病中。後継者には音羽家長女のチサトを推すグループと長男テッタを推すグループとがあり、何千人と居る職員を含め、財閥の行く末が案じられている。
 しかし、才色兼備だが放浪癖のあるチサトと、未だ学生で(しかもバカ)のテッタとではどの道不安が大きすぎるということで、血縁者という枠を外した上での後継者を選抜する動きも出てきている。
 その中でもっとも有力とされているのが、総帥の右腕といわれている太刀川正二郎氏。
 主に政治家たちとのコネクションを担当しており、すでに次期総帥と謳われている。






「総帥・・・・・・政治家・・・・・・」
 思わず声に出しちゃうくらい私には縁遠い世界のはずなのに、今目の前に広がっているのはそういう情報ばかり。アキナは何でこの情報に興味を持ったの? テッタの家とどういう関係があったって言うの?
「さすがは特報部、といったところでしょうね。父の闘病以外は殆どあってます。父は本当に健在なんですけど、姉も俺も頼りないって思われているのは事実です。しかし。太刀川常務の名前が出てくるとは思いませんでした。実は彼こそが今ICUに入っている状態なんですよ・・・・・・」
「どこで情報が入れ替わったんだろうね」
 マドカが真剣な顔で下唇を噛んだ。
「判りません。ただ彼がたくさんの人に支持されているのは本当です。俺たち家族の一番の理解者で父の親友でもあるんです。今回彼が治療を受けることになったのも、実は父の身代わりになったという状況なんです」
「身代わり?!」
 私もマドカも驚いて声が重なった。
「はい。三週間ほど前、父宛に小包が届いたんです。送り主は俺でした。けれど筆跡が違うと気付いた常務が代りに開封して小包は爆発、一命は取り留めましたが酷い状況で・・・・・・」
 悲壮な表情のテッタに言葉がつまる。いつも明るいテッタの背後には、そんな世界が広がっていて、私自身も本当は繋がっているんだとおもうと背筋が冷えた。
 そんな私に気付いたテッタがフッとまゆ尻を下げた。
「大丈夫です。カイリさんは俺がちゃんと護ります。あなただけは絶対に傷つけさせませんから」
「テッタ・・・・・・」
 ホンの数秒見つめあい、そして話を戻した。
「俺の調べてきた家のことはこうでした」
 テッタは鞄の中からたくさんの古い資料を取り出した。
「乾さんが調べてくれた内容の裏づけみたいな感じなんですけど、ここでは太刀川常務のことは出てきませんでした。かわりに、ブロンドザウルスという組織に通じている可能性のある人物が浮かんできました。音羽の取引先の電機メーカーの社長なんですが、噂ではいろいろと悪どいこともやっているとか。乾さん、去年トラックの暴走事故でタキムラの社長が亡くなったのを知っていますか?」
「去年? ・・・・・・・・・ああ! 中等部の瀧村君。しってるよ。特報部でも取り上げたからね」
「どういう事故なの?」
「うん。確か瀧村君のお父さんが飲酒の暴走トラックに跳ねられて亡くなったんだよね」
 飲酒。暴走トラック・・・・・・。
 何かが記憶を掠った気がした。
「タキムラは音羽の株主でした。その事故後すぐに好条件を出して、タキムラを株券ごと吸収したのが、ブロンドザウルスと繋がっている可能性のある電機メーカーなんです」
「じゃあ、まさかその社長が事故を仕組んで・・・・・・?」
 マドカが嫌悪でいっぱいの表情になった。
「当時は救世主だとか言ってもてはやされていたよね?」
「ええ。そうやってのし上がっていたようなんです。でもまだそれについての確証はありません。憶測の域を出られないんです」
「そう・・・・・・・・・」
「俺はこの情報を渡辺先輩に話したほうがいいと思うんだ。カイリさんも約束したとおり、俺たちはブロンドザウルスについては関わっちゃいけない。関わらないという交換条件で小崎さんのことを聞いたんだから。ね? カイリさん」
 テッタはそういってまっすぐにこっちを見た。
 たしかにそうだ。渡辺先輩は私が関わらないことを条件にアキナのコトを教えてくれている。
 私はテッタとマドカに向かって頷いた。
 





 その後マドカ経由で渡辺先輩と合流し、ここまでのことを話した。
 渡辺先輩は終始渋い顔をしていたけれど、約束を守ったことはほめてくれた。
「さんきゅ、な。乾。まさかお前まで絡んでるとは思わなかったけど、逆にお前が居るなら安心だ。絶対に危険なことには首を突っ込むなよ? 可愛い後輩に怪我させらんねーからな」
 そういうと、渡辺先輩はマドカの頭をかいぐり撫でてニカッと笑った。そして交換でくれたマドカの新情報は、やっぱり少し信じられないようなものだった。
 それは――――。






「だたい・・・・・・・・・?」
 聞きなれない言葉ゆえに、すぐには変換が出来なかった。
「だたいって、なんですか?」
 同じようにしてテッタが首を傾げる。渡辺先輩は困ったように、いや、言いにくそうに眉根を寄せ、マドカは一度驚いたあと、微かに唇を噛んだ。
「ね、ねえマドカ、ただいってなに?」
「それは・・・・・・・・・」
 マドカの様子を見ていると、悪いことに違いはない。なぜか厭な感じがしてマドカの両肩を掴んだ。
「だたいって言うのは、ね。・・・・・・つまり・・・・・・子供を、堕ろしたって言うことなの」
「え・・・・・・・・・・・・?」
 子供を、堕ろした?
 予想外の言葉に、まったく理解ができなかった。両手の力が抜けていくみたいに遠近感覚が揺らいだ。
 アキナが、子供を・・・・・・・・・?
 浮かんでくるのはほわほわ〜とした優しい笑顔と、おっちょこちょいな天然系美少女。そのアキナが子供を?
「まさか辻本先輩の・・・?」
「いや、相手は辻本じゃない。俺の予想ではたぶん伊達、だと思う」
 渡辺先輩がちらりとテッタを見た。私も釣られてテッタを振り返る。テッタは呆然と立ち尽くしていた。
「彼女が堕胎したのは去年の冬。マルタイが帰国して半年くらい」
「・・・マルタイって言うのは対象の人物っていうことよ、この場合伊達って人のことだと思う」
 マドカが補足すると、渡辺先輩も頷いた。
「でも先輩、まー君が帰国したって連絡をくれたのはつい先月だったんです」
「君に報告したのは確かにそうかもしれない。だけど実際はもっと前に帰国してたんだよ。彼は君に連絡するより前に組織の一員としての仕事があったみたいだから。そしてその仕事には小崎さんが必要だった」
「そんな」
 テッタはまだ信じられない様子で渡辺先輩が渡したあのアキナの写真を見ている。
「小崎さんが実際にやってきた仕事内容を聞く勇気はある?」
 渡辺先輩の問いかけに、一瞬たじろいだ。だって、それを聞くということは、アキナが犯罪に手を染めていた事実を受け入れなければならないからだ。そして渡辺先輩の瞳はその内容が生半可なものではないと語っているようで、とても怖かった。
 応えあぐねていると、渡辺先輩はそっと付け足した。
「彼女の死の真相を知りたいだけなら、まったくもって知る必要のないことだよ。ただ彼女は誰かのために必死だった。それだけでいい」
 たとえそれが犯罪であったとしても・・・・・・?
 私の中で浮かんだ言葉を、私は言うことができなかった。俯いて唇をかみ締める。

 ねえ、アキナ。どうして話してくれなかったの?

 そんな言葉が頭の中をぐるぐる廻っていた。


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