straysheep

PREV | NEXT | INDEX

第四章 「フラッシュバック・デイズ」

 ・・・・・・・・・トワちゃん、大きくなったら結婚しようね! 僕、必ず帰ってくるからね。約束だよ。帰ってきたら結婚しようね・・・・・・。


 ・・・・・・僕、引っ越すことになったんだ。トワちゃん、僕のコト待っててくれる? いつか、大きくなったら必ず日本に帰ってくるから・・・。


 ・・・手紙書くよ。ずっと忘れないように。僕のこと、トワちゃんが忘れちゃわないように・・・・・・・・・。





「・・・・・・ん・・・・・・」
 両手首と二の腕、そしてお尻と頭に酷い痛みを感じて目を開けると、だだっ広い部屋の真ん中に伊達の姿が見えた。
「伊達・・・!?」
 思わず呼び捨てた声に伊達は振り向き、困ったような顔でこちらへと歩いてきた。逃げようとしてハッと気がつく。
 私縛られてる・・・!
 両腕は後ろ手に縛られて、さらに延ばしたロープの先はベッドの支柱にしっかりと結ばれ、どんなに引っ張っても体を捩っても外れそうにない。
「酷いな、カイリ。俺の名前も忘れたのかよ」
「い、イヤよ・・・」
 思い切り首を振って伊達を拒絶する。けれど伊達は同じベッドに腰を下ろし、抵抗できないままの私の髪に触れた。
 いや、いやだ! 助けて・・・・・・!
「なんで、俺を避けるんだよ」
 睨みつけるようにして伊達は小さく呻った。
「え・・・?」
「何で俺を見ないんだよ。カイリ。俺はお前の婚約者だぞ。お前に会うためだけに日本に帰ってきたのに。お前はなんで俺を見ない?」
 苦しそうに呻いて首筋に唇を寄せる。背筋がぞっと粟立ってその衝動を抑えるために動く限りの体を動かして暴れた。
「いやっ! いやだよっ! 助けてテッタ!!」
「っ! だからなんでオトヤなんだよっ!」
「きゃぁっ!」
 伊達の平手が頬にあたる。その衝撃で体ごとベッドに倒れこんだ私の背中に、伊達は馬乗りになって髪を強く引っ張る。
「何で俺じゃないんだよっ! 何で俺を忘れたんだよッ! こんなに・・・・・・こんなに愛してるのに・・・っ!」
 いたいっ、いたいいたいいたい・・・!
 叫び声をあげるどころか、首が反れて息が出来ない。じわり、涙が滲んできた。
「ぁ・・・・・・ぁ・・・・・」
 くるしい・・・。
 私このまま死んじゃうの? ・・・・・・テッタ・・・・・・、テッタ・・・・・・・。
 意識が遠退きそうになったところでふいに開放され、そのまま私はベッドにうつ伏せで倒れこんだ。
「ごほっ! ごほっ!」
 開放されても痛めつけられた喉がゼイゼイと鳴ってくるしい。微かに見える伊達の姿は私を見下ろしたまま動かない。


 死ぬことはこんなにも辛いことなのに・・・・・・。


 すぐ傍で愛してると囁く伊達の声が狂気に満ちていてすごく怖かったけど、愛を語る資格なんかないと言わずにいられなかった。
「あなた、は・・・、アキナと自分の子供を殺したの、よ?」
 言葉にするだけでも辛くて、苦しくて、でも最後に会いたいと思うのは一番大切な人なのに・・・・・・。
「ああ?」
けれど、伊達は片眉を引き上げ、不良が絡んでくるときのような声を出して首を傾げる。そして短い思考の後、どうってことないとでも付け足しそうな口調で言い放った。
「あれは合意だろ。あいつは素直に金を受け取ったんだぜ? コーコーセーの分際でガキなんか作ったってやってけねぇのはわかりきってるだろう?」
 そういって笑う伊達の姿は、人間には見えなかった。
 アキナが諦めた好きな人との子供。こんな人のために諦めなければならなかった自分の子供。そう思うと涙が込み上げてきた。
「アキナのやつ、利用価値があるから抱いてやったってのに、調子に乗りやがって」
「・・・・・・ひどい、アキナがどんな思いで子供を諦めたか、わかってないよ」
「んだと?」
「その上、あなたを好きだって言ってる人に対してあんまりじゃない!」
 知らず、声が震えているけれど、それはもう恐怖じゃない―――――過ぎた怒りだ。
「ばかだな、俺がほしいのはカイリ、お前だけだ。他の女なんか捨て駒以外に感じないね。オトヤを殺せないならあいつの利用価値は終わりだったってことさ」
 伊達が笑う度、自分の中でどろどろしたものが湧き上がってくるのがわかる。たとえ太刀打ちできないとわかっていても心の中で憎悪は矢になって伊達へと向かっている。
「オトヤってだれよ」
「ああ、ごめんなぁ。つい昔のくせでそう呼んじまう。音羽テッタ。あいつだ」
「テッ・・・タ? どうしてテッタを・・・!」
「簡単なことだろ。テッタが死ねばお前は俺のところに戻ってくる。そして音羽財閥はブロンドザウルスの思うとおりになる。たとえテッタの姉貴や妹が継ぐことになったとしても女なんかどうとでもなるだろ。組織としても、俺自身としても、あいつは邪魔な存在なんだよ」
 なんなの? この人は。人をなんだと思ってるわけ? こんな人に・・・・・・! こんな人にアキナは・・・・・・!!
 頬を伝う涙は悲しみじゃなかった。本当に煮えたぎるような怒りが身体中を支配することがあるのだと、私はこのとき初めて知った。
 殺してやりたい。
 こんなやつ生きてる価値なんて―――!
 後ろ手に縛られた縄がギチギチと音を立てる。この手が自由だったら! たとえ相打ちとなってでも殺してやりたいのに・・・!
 そう思っても伊達が結んだ縄は簡単には外れない。悔しい気持ちで奥歯が鳴る。
「あなた最低だよ」
「ああ? カイリにはそんなことしねぇよ。お前は俺が死ぬまで可愛がってやるからな」
 振り返り頬に触れる掌に寒気がした。
「・・・・ちわるい」
「?」
「気持ち悪い! さわらないで!」
 顔を振ってその手を拒んだ。けれどそれは悪戯に彼の逆鱗に触れ、伊達は上気して私の顔を思い切り拳で殴りつけた。
 私の体は激しく弾かれベッドの手すりに頭を強打した。
「うっ・・・」
「ごめんっ! ごめんな、つい力が入っちゃったよ。だけど、トワちゃんが悪いんだよ? 僕のこと拒んだりするから」
 聞き違いかと思った。
 だけど伊達はさっきまでの表情も言葉遣いもどこかへ消えたように、にこりと微笑む。
 なに? なにかが、へんだよ。
 伊達の一人称が“俺”から“僕”へ変わっていることも、私のことをトワちゃんと呼ぶのも何かがおかしかった。
 穏やかな表情のまま、伊達の手が頭を包むように擦る。
心は必死に抵抗していても、体がまったく動かなかった。
「懐かしいねぇ。俺たち結婚しようって約束したんだもんね。これからは僕のことだけ考えてればいいんだよ? オトヤなんかよりも僕のほうがいいってことを、思い出させてあげるからね?」
 そういって伊達はゆっくりと私の体を仰向けに回転させ、自分のネクタイを緩めると、丁寧に私の制服のボタンを外していく。容赦なく露になっていく肌に伊達が喉を鳴らしたのが聞こえた。
「きれいだよ。トワちゃん。やっと僕のものになるんだね・・・・・・」
 伊達が優しく微笑み、その掌がそっと髪を撫でた。
 

 トワ、ちゃん・・・・・・?


 あれ? この感じ・・・・・・どこかで・・・・・・。







 ・・・・・・僕、必ず帰ってくるからね。帰ってきたら結婚しようね。
 ・・・・・・僕、トワちゃんのことがダイスキなんだ。







 緑の草原、懐かしいジャングルジム、小学生だったテッタと・・・私? ・・・そして・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・正明、くん・・・・・・?」
「っ!」
 伊達の手がフッと止まった。
「トワちゃん、僕のこと思い出したの?!」
 ぼやけた視界がゆっくりとクリアになっていく。一瞬見えた風景を言葉にしようとしたとき、燃え盛る焔が再び脳裏に甦った。
「いやぁぁっ!!」
 目を覆いたいほどの惨劇が次々に浮かんでは消え、浮かんでは消え、止め処なく繰り返される。
 なに? なんなの、これ!?
 自分でも抑えられないほどの恐怖で体が勝手に暴れだす。
「トワちゃんっ! トワちゃん!!」
「いやぁっ! いやぁぁぁっ!!!!!」
「トワ・・・」
「カイリさんっ!」
 気が触れるかと思った、その瞬間、部屋のドアが蹴破られ激しい物音を立てた。
「伊達ぇっ! カイリさんに何をしたぁぁっ!」
「オトヤっ!」
「いやぁぁぁぁっ!!」
 ベッドの上に縛られた私の状態を見て、テッタは血が上ったように叫んだ。それはもう、伊達を信頼していたあの頃のテッタじゃなく、どこか恐怖すら感じるような“男”の顔だった。
 テッタは一気に伊達に駆け寄ると、そのまま勢いをつけて殴りかかる。伊達は私の上から弾き飛ばされゴロゴロと転がったが、壁に激突する寸前で体勢を立て直した。
「カイリさん、傍を離れてすみません」
「テッタ・・・」
 優しく抱き寄せられ、安心した私の体はすうっと力が抜けていった。
「カイリさんっ?」
 ごめんね、テッタ。きてくれてありがとう。
 けれど、気持ちを伝える間もなく、私の意識は遠退いていった。
 
PREV | NEXT | INDEX
Copyright (c) 2009 玖月ありあ All rights reserved.

-Powered by 小説HTMLの小人さん-

inserted by FC2 system