stray sheep

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第四章 「フラッシュバック・デイズ」

「オトヤ、てめぇ・・・!」
 弾き飛ばされた伊達が切れた唇を腕で拭う。
「また僕からトワちゃんを奪う気だなっ!」
 そういうと、伊達は懐からナイフを取り出してテッタに向けて構える。テッタはキッと睨みつけるようにして振り返ると、地面を強く蹴り一瞬で伊達との間合いをつめた。一瞬のことにナイフが落ちて、足元でカラカラと廻って止まる。
 テッタの両腕は伊達の胸倉をしっかりと掴みあげていた。そして、らしくないほどの大声で伊達に向かって吼えた。
「奪うとか奪わないとかそんなんじゃないっ! お前は何にもわかってない!」
 ギリギリと閉まる喉元に伊達は少しだけ顔をゆがめたが、だらりと落ちた腕をすばやくテッタの腹部に打ち込んだ。
「ぐはっ!」
 衝撃で緩んだ隙に伊達はテッタの顔や腹に何度も拳を打ちつけ、拾い上げたナイフをテッタにむかって振り下ろした。何度も振り下ろされるナイフが頬を掠り、腕を掠り、最後には脇腹に深く突き刺さった。
「てめぇが俺からカイリを奪ったんだろが! てめぇが俺を裏切らなきゃカイリは俺を拒んだりしなかったのに!!」
「ぐ・・・ぁ」
「俺が帰るまでカイリに虫がつかねぇようにするのがてめぇの役目だろ? なのになんでてめぇらがくっついてんだよ。何でカイリが俺を拒絶してんだよッ!!」
 テッタは渾身の力で伊達を蹴り飛ばし、傷口からこぼれる血を抑えて立ち上がった。
「本当に何もわかってないよ、まー君がどうしてイギリスに行かなければならなかったのか・・・! どうしてカイリさんが記憶を失っているのか・・・! 全部まー君のせいなのに!!」
「っ!? どういうことだよ・・・」
 テッタの声が響き渡り、伊達は動揺した様子でテッタを見つめた。
 音羽の家が封印した彼女の記憶。出来ればずっと隠し続けていきたかったのに。
 テッタが小さく呟いた。


「カイリさんの両親を事故に見せかけて殺したのが・・・・・・まー君の家だからだよ」


「な・・・! う、うそだっ! 勝手なこと言ってんじゃねぇよっ! 俺からカイリを奪うためにお前が・・・」
「公表はされていない! だけど伊達の家がやったことは事実なんだ!! 財団の椅子を得るために、カイリさんの両親を事故に見せかけて殺し、生き残ったカイリさんまで手にかけようとした・・・! だから俺たち音羽の家はカイリさんを守るために事故の状況をすべて封印して、彼女が思い出さないように催眠をかけたんだ! 俺が傍にいる以上、彼女の催眠は絶対に解けない」
「う、そだ・・・・・・! しんじない! 俺は信じない! 俺の家がカイリの両親をなんて・・・!」
「俺だって信じたくなんかなかったよ!! 信じたくなんかなかったのに、まー君がブロンドザウルスの一味だなんて事実がなければ信じていられたのにっ!!」
 テッタが拳を強く壁にたたきつけた。
バンという大きな音と泣きそうなテッタの声に、カイリの意識がゆっくりと戻っていった。
「なんでそんな組織に繋がっちゃったんだよ! なんでそんなモンに染まっちゃったんだよぉっ!」
 テッタ、泣いてる・・・?
「・・・・・・テッタ・・・?」
「! カイリさんっ!」
「カイリッ!」
「ひっ!」
 真向かいに立つ伊達の顔を見た瞬間、殴られた頬が痛み出した。
「いやぁっ! こないでっ!」
「カイリ・・・?」
「助けてテッタ! 助けてっ!!」
 慌ててテッタのほうへ駆け寄ろうとして、縛られた縄が手首にくいこむ。
「いっ・・・!?」
「カイリさんっ、待っててすぐ解すから!」
 テッタが駆け寄り縄を解いていく。やっと開放されて力の限りテッタに抱きつくと、耳元で苦しそうな声が聞こえた。
「テッタ?」
 なに? なにか、生暖かいものが・・・・・・。
 自分の腹部に違和感を感じて視線を落とすと、薄紫の制服が真っ赤に染まっているのが見えた。
 なに・・・? これ。
 慌ててテッタを見ると、テッタの表情はどんどん蒼白になっていく。
「テッタ?! テッタ!!」
 そこで初めてテッタの脇腹が酷く血にまみれている事に気がついた。
「いやぁっ! テッタ! テッタぁ!」
「だい、じょうぶですよ。それより耳が痛いです。あんまり大きな声で叫ばないでください。ね?」
 にっこりと微笑むけれど、怖くてたまらない。このままテッタにもしものことがあったら・・・!
私は助けを呼ぼうとして、ハッとなった。
「・・・・・・なんで、テッタなんだよ・・・・・・。どうして、俺を見ないんだよ・・・・・・」
「伊達、さん・・・」
 振り返った先に、ぼうっと立ち尽くす伊達の姿があったからだ。伊達は何かにとり憑かれたかのようにふらふらとこっちへ近づいてくる。手には落ちていたナイフ。
 まさかあれでテッタを刺したの!?
「来ないで・・・・・・。来ないでぇっ!」
「カイリ。どうして俺のこと忘れちゃうんだよ。どうして俺じゃダメなんだよ・・・・・・」
 ふらふらしているけれど、目だけが鋭く光っていて、それはもう、“狂気”としか言いようがなかった。怖くて震える私の肩を、テッタが強く支えてくれた。



「それ以上来ないでください、まー君。カイリさんは、諦めてください」
「・・・っざけんなぁぁっ!」
 突然弾かれたように伊達がナイフをかざして突進してきた。
「きゃぁぁぁっ!」
「カイリさん伏せてくださいっ!」
 だめっ! このままじゃテッタが―――――!!
 そう思った刹那、部屋の窓ガラスが一斉に吹き飛び同時に大勢の人の足音とけたたましい装備の音が部屋中に響き渡った。
「確保! 確保ぉー!」
「畜生っ! はなせっ! テッタ! お前は絶対にゆるさネェ!! カイリは俺のもんだ! 俺のもんだ! 俺のもんだ! おれの・・・!」
 数人の警官に取り押さえられながらも、伊達はひたすらにこちらを睨み続け、私の名前を叫び続ける。その狂気に満ちた表情が突き刺さるようにして私の胸を縛りつける。
 こわい。こわい。こわい・・・。
 足も手も喉も、すべてが震えてたっていられない。ぺたりと床にしゃがみこみ、断末魔の叫び声を、耳を塞いで必死にこらえる。
 テッタ、助けて・・・!
「大丈夫ですよ。俺が必ず守り通します。カイリさんは、俺の一番大切な人なんですから」
「て・・・ったぁ・・・」
 包み込むようにして抱かれ、熱を分けてくれるテッタ。だけど、その暖かさに触れても、体の震えは一向に治まる気配はなかった。それどころか、伊達に切りつけられた脇腹の傷から溢れる血が地面に赤黒いしみをつけ、テッタから熱を奪っていく。
「テッタぁ!」
「だいじょうぶですよ、これくらいなんともありません。カイリさんこそ大丈夫ですか? 辛いことたくさんありましたよね・・・」
「わたしのことなんてどうでもいいよ! テッタ、早く病院に行かなくちゃ! 誰か! 救急車をおねがいしますっ!」
 大きな声で叫んだつもりだったのに、私の声は思った以上にかすれていた。それでもたくさんの警官の合間を縫うようにして救急隊がテッタをみつけ駆け寄ると、あっという間に担架に載せられた。
「すぐ病院に着きますからね」
 隊員がそういって担架をストレッチャーに乗せるため部屋を出ようとしたそのとき。
「あっ」
繋いだ手が離れそうになって、テッタは私の手を強く握り締めた。
「すいません、彼女と一緒に連れて行ってください。離れたくないんです」
 隊員は一瞬戸惑ったものの、にこりと微笑み、ふらつく私を支えながら一緒に救急車へと乗り込んだ。





 救急車が私たちを乗せて走り出した直後、少し離れた所のパトカーが爆発して炎上した。轟音が響き渡り、煙を立ち上らせながら黒々と燃え上がる焔。辺りは一時騒然となったという。そして、その中に伊達がいたことを知ったのはテッタが入院してまもなくのことだった。
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